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お客が少ない不満を来てくれた人にぶつける愚

 20181020入試ファースト春日部
 本日は午後から「入試ファースト春日部」へ

 歌手の沢田研二(70)が、17日さいたまスーパーアリーナで行われる予定だったコンサートをドタキャンした。
 主催者から9000人と報告を受けていたが実際は7000人だったことがご不満だったようだ。

 さいたまスーパーアリーナはスタンドが可動式なので、いくつかの会場モードの設定が可能だが、中規模のアリーナモードなら1~2万人の収容人員となるので、たしかに7000人は寂しいな。でも、70歳の爺さんの歌を聞きに7000人も集まるのは、逆にすごいことだと思うよ。やれよ。

 学校の説明会なんかでも、予想(期待)したほど人数が集まらないことがある(逆に集まり過ぎもあるが…)。
 こういう時って、それじゃいけないと分かっているんだが、どうしてもモチベーションが下がってしまう。
 「なんだ、これっぽっちかよ」。

 で、このモチベーションの低さ、ガッカリ感が、罪のない目の前のお客さんに向いてしまう。そういう気持ちがなくても、お客さんは敏感だからそのことが伝わってしまう。これ最悪。

 もしも、怒りや不満を誰かにぶつけるなら、ここに来てない人に対してである。
 「オマエラが来ないから、こんな寂しいイベントになっちゃったじゃないか」
 (自身の集客力の無さが真犯人なのだが)

 ジュリーは結果的に、せっかく来てくれた、楽しみにしていてくれた7000人に自分の怒りや不満をぶつけちゃったね。だから、ダメなの。
 「今度やるときは、このさいたまスーパーアリーナのスタジアムモードを満員(3万人?)にしたいから、みんなも友達や家族を誘って来てくれよ」
 そういうことなんだよ。
 その日来てくれた7000人は、どこでやろうが、いつやろうが、地の果てまでついてきてくれるコアなファンでしょ。バカなことしたね。

 生徒募集に関わる皆さん。
 もしも人数が揃わなくても、その原因は来なかった人にあるわけで、来てくれた人には何の責任もありません。本物中の本物のお客様に失礼のないようにしてください。

石灯篭に登ってはいけない理由を説明できるか

 群馬県高崎市の中学1年生が、石灯篭に登って遊んでいるうちに、落下し、石の直撃を受けて死亡。
 事故と言えば事故なんだろうが、若いのに残念な亡くなり方だ。

 灯篭(とうろう)というのは読んで字のごとく、灯(あかり)の篭(かご)、つまり照明器具だ。部屋の中で使うのが行燈(あんどん)、携帯用が提灯(ちょうちん)。
 なんてことはこの際どうでもよくて、昔の人、たとえば私の祖父母の世代(明治生まれ)だったら、こういう時「罰(バチ)が当たった」と言うだろう。罰(バチ)にしては重過ぎるが。

 寺や神社にある石灯篭は、ふつうは地中深く基礎を打ち込んでるわけじゃないよ。鉄筋が通ってるわけでもないよ。多少はコンクリートで補強してるかもしれないが、基本的には自重で安定を保ってるんだ。墓石も同じ。
 
 だから人が乗ったら危ない。
 けれど、もともと人が乗ることを想定していない。というか、乗っちゃいけない。遊具代わりにしちゃいけない。そういうものなんだ。

 でも、神社側の管理責任を問う声も出るんだろうね。全国の神社仏閣の石灯篭を総点検しろとか。
 「石灯篭には乗ってはいけない」の看板を立てろとか。
 そんな無粋なもの立てられるか。

 石灯篭に乗って遊んじゃいけなのは、危険か安全かという問題じゃない。そういう問題なら、安全なら別にいいじゃないとなるが、安全でもダメなんだよ。バチが当たるから。

 法で禁じられているからダメ。
 危険だからダメ。
 人に迷惑かけるからダメ。
 こういうのは割と説明がしやすいし、言われた方も理解しやすい。
 だが、なぜと言われてもうまく説明できないけど、ダメなんだ、やっちゃいけないんだ、ということは世の中には山ほどあるわけで、そういうことをきっちり教えるのが大人の責任というものだ。

 私が当該の生徒の担任だったら、この度の一件をどう生徒に説明するだろう。
 他人事ながら悩ましい。

 さしあたり、わが身の安全をどう守るかの話になりそうだが、灯篭が軽合金やプラスチック製になっても、やっぱりダメなんだな。少し時間が経ってから、そのあたり、ちょっとずつ教えるしかないか。

早稲田政経が数学必須にするって、結構な話じゃないか

 早稲田大学政経学部が、2021年度入試から数学を必須にするという。
 結構な話じゃないか。
 
 元々、経済学やるには微分だの積分だのは必須だったわけだし、政治学だって統計やらゲーム理論やら、数学的思考は必要なんだから当たり前だ。
 ただ、国公立との併願はしやすくなるが、数学を回避したい受験生は多そうだから、全体として受験生は減少に向かうだろう。でもまあ、定員を厳格に守れと言われている時代だから、それでいいか。

 英語なんて話せなくたって、どうってことないよ。
 どうしてもそうなりたかったら、1年か2年海外生活すりゃ何とかなる。読み書きは学問だが、聞く話すは主に生活の道具だ。小学生からやらせるなんて何考えてんだ。

 それよりも数学。
 国語や英語は、くそ長い文章の読解だな。

 よく、数学なんて学校卒業したら、四則計算ぐらいしか使わないという人がいるが、そういう仕事に就いたからだよ。そういう世界に生きているからだよ。数学がバリバリできたら、もっと別の世界が広がったかもしれない。

 歴史とか文学なんてものは、そこそこやっておけば、後は本でも読めば何とかなる。好きでやるのは止めないが、別に幼いころからやっておく必要はない。私は高校で日本史や世界史を教えたが、本気で勉強したのは先生になってからだ。そんなもんだ。

 というわけだから、これを機に、「英語話せるようになろうぜ」から、「数学や数学的思考に強くなろうぜ」、「読解力つけようぜ」という風潮になってくれるといいね。
 
 数学こそ世界共通言語だ。
 と、高校時代、数Ⅲまでやったけど、常に赤点スレスレだった私が、威勢のいいことを言ってみる。

国語論説文が全然頭に入って来ないんだが

 国語の長文問題を解いてみる。
 小説文と論説文、2題出るのはほぼ全国共通。論説文の方が出来が良くないのも共通。私がよく間違えるのも論説文。

 そもそも、論説文は題材となっている文(問題文)を読んでも、頭に入って来ない。
 小説文の方は、だいたいが主人公が中高生のことが多く、ということは、青少年向きに書かれた本であることが多いのに対し、論説文の方は、大人向けに書かれた本がほとんどだ。だから、出てくる言葉も言い回しも難しい。
 設問うんぬん以前に、文章が頭に入って来ないのだ。
 これじゃ、読解もくそもない。

 国語の先生に聞くと、接続詞に注意して読めとか、いろいろアドバスしてくれて、それはその通りだと思うのだが、そもそも文章が頭に入って来ないという出発点の障害はどう乗り越えたらいいのか。

 たとえば、設問だけを見ても、こんな調子だ。
 「意志は自分以外のものに接続されていると同時に、そこから切断していなければならない、とあるが…」(東京都)
 「自然哲学からソクラテス哲学への展開、とあるが…」(神奈川県)
 「彼が『芸術的隔離性』と呼ぶ日常空間から離脱する芸術の特性、とありますが…」(埼玉県)
 う~ん、頭がクラクラする。
 
 まあ、さすがに私は大人だから、今まで見たことも聞いたこともない言葉(語彙)に出くわすことはない。たまにあるけど。
 しかし、表現というか言い回しには難儀する。
 何だよ、もっと分かりやすく言えないのかよ。と、読みながら腹が立ってきて、解く気力が失せる。

 解決策。
 言葉の意味や言い回しは分からなくても解ける方法を編み出す。 
 これが近道だし、入試対策としては「あり」だろう。研究してみよう。いや、塾の先生に聞くのが早いか。

 語彙を増やして、難しい言い回しに慣れて、問題文がスラスラ頭に入って来るようにする。
 これは時間がかかりそうだから、入試対策としては不可。
 ただ、先々まで考えると必要な力だ。

 個人的な心がけとしては、新聞で1日1記事、まるで興味のない分野の記事を無理やり読んでみる。
 新聞記事と論説文の書き方はまるっきり違うので、入試対策としての効果はまったく期待できないが、よく分かんない話を我慢して読む訓練になる。
 
 ちなみに新聞記事は、大事なことや結論は先に書く。後になればなるほど、どうでもいい字数合わせの内容になる。

春日部共栄で若手教員を励ますつもりが凡打に終わり落胆する

 20181016春日部共栄職員研修会(平成30年10月16日)

 先生方、「会心の授業」って年に何回くらいありますか?
 私の記憶では年に1回か2回。その程度。

 今日は埼玉新聞教育セミナーの一環として春日部共栄中学高校で教員研修会の講師を務めたわけだが、「会心の講演」とは程遠く、野球で言えばボテボテの内野ゴロという感じ。何度やっても難しいなあ。

 経験的に言えば、受験生や保護者相手の講演より、先生相手の方が難しい。
 受験生・保護者相手だといちいち言葉の解説からしなければならないが、先生相手だとその必要はなく専門用語もストレートに使えてやり易そうだが、先生方は反応が鈍い。というか表情が乏しい。

 その点、今日は聞き手が若手教員中心ということもあってか、すこぶる反応がよろしく、それで救われた感がある。
 それにしても若い先生が増えたね。1980年創立、今年39年目だから、ちょうど世代交代期に差し掛かっているということか。

 年寄りの私が言うのだから許してもらえると思うが、やっぱり先生は若くて元気なのがいい。
 もちろん、ベテランにはベテランの味があるし、経験がものを言う場面も多々あるが、先生は半分体力勝負だから、生きのいい若手が増えるのはいいことだ。将来明るいぞ。

 宇野禎弘校長が学校説明会で受験生・保護者に必ず言われること。
 1「大学までの人ではなく、大学からの人へ
 先生方もなるまでよりなってからの勝負だね。辞めるまで精進。
 2「敢えて三兎を追え
 生徒は「勉強・部活・行事」、先生は「授業・担任・校務」かな。
 3「学校は失敗するところ、教室は間違えるところ
 仕事だから本来ミスは許されないが、挑戦に失敗はつきもの。その失敗を成長の糧とせよ。先生の成長なくして生徒の成長なし。

 と、今日はこの話をしなかったが、受験生・保護者に向けたメッセージは、そのまま先生方へのエールにもなっている。

 今日の研修会は、最初に書いたように埼玉新聞教育セミナーという形を取っているので、明日の新聞に載る予定。
 

川口北はいつも通り元気いっぱい

 20181015見沼通船堀
 国・指定史跡 見沼通船堀(東浦和駅から川口北への通学路の一つ)

 県立川口北に行ってきた。(「よみうり進学メディア」取材)
 このブログにも何度か書いたように、かつての勤務校である。

 川口の学校だが、最寄り駅は武蔵野線「東浦和駅」だ。
 駅を降りて左に行くと浦和明の星女子、右に行くと川口北。

 40年前。
 「いいか。駅で会っても『先生!』とか言うんじゃないぞ。特に女子高生の前では」
 「何でですか?」
 「決まってんだろう。俺たちまで軽蔑されるからだよ」
 なんてことを言っても、「あの人たち、歩きながら勉強して危ないですよね」と心配したり、「先生もいろいろ大変ですね」といたわってくれたりで、ひがんだり落ち込んだりとは無縁の子たちだった。

 その川口北も今や国公立合格者50人を数える進学校だ。
 東大こそ出ないが、旧帝大や一橋・東工大にはポツポツと合格者が出るような状況。
 入学時のレベルで言うと、蕨や浦和西あたりが競合校か。
 浦和西は自由な校風で人気だが、川口北は硬派路線だ。

 グランドで体育の授業が行われていたが、思わず「部活か!」と突っ込みたくなるような気合の入り方。
 来校者と見るや、ランニングしながら「こんにちは」と威勢のいい挨拶。「おいおい、授業中はいいんじゃないか」
 そういう雰囲気の学校。

 部活をやりたい生徒が多いし、学校としてもそれを後押ししたい。
 55分授業、隔週土曜日授業なども、部活への影響を最小限に抑えつつ、授業時間も確保しようというものだ。

 面談は年5~6回行われる。
 その昔、私がいたころは年2回「対話週間」というのがあった。初代校長からは「面談じゃない、対話だ」ときつく言われた。今も「対話月間」があるのは、その名残りだろう。
 加えて三代前の田村和夫校長以来、「校長面談」が進路指導の一環として行われている。夏休み前に3年、夏休みに2年、その後1年と続く全校生徒1200人との面談は多忙な校長先生にとって大きな負担だ。校長室の予定表には、朝・昼休み・放課後と面談予定がビッシリ。身体壊さないようにね。

 部活や行事に費やすエネルギーをもっと勉強に向けれればという意見もあるが、それでは「川口北らしさ」が失われる。
 創業期のメンバーの一人としては、「らしさ」のなくなった川口北は見たくない。

 

引退した者の嗜みについて考えておこう

 「嗜み(たしなみ)」について考えてみる。
 
 嗜みとは一つには趣味のことを言う。芸事などについては「あの人は踊りの嗜み(心得)がある」などと言う。
 また、「紳士の嗜み」とは、ふだんの心がけのことだ。

 もう一つ。嗜みには、つつしみや節度といった意味もある。
 というわけで今日は、引退した者の嗜み(節度)の話である。

 現在、日本には存命中の元総理大臣が11人いる。
 中曾根康弘 1918年生まれ 100歳
 海部俊樹  1931年生まれ 87歳
 細川護熙  1938年生まれ 80歳
 村山富市  1924年生まれ 94歳
 森 喜朗  1937年生まれ 81歳
 小泉純一郎 1942年生まれ 76歳
 福田康夫  1936年生まれ 82歳
 麻生太郎  1940年生まれ 78歳 ※
 鳩山由紀夫 1947年生まれ 71歳
 菅 直人  1946年生まれ 71歳 ※
 野田佳彦  1957年生まれ 61歳 ※

 元総理大臣が、現政権を批判したり、現在の政治について発言をすることが果たして許されるのか。
 むろん一人の国民として言論の自由というものは一生涯保証される。しかし、これらの方々は、日本中探しても1千万人に1人いるかいないかの特殊な立場の人々であるから、引退後はそこのところを十分に意識した言動と行動をしていただきたいのである。
 具体的には、小泉純一郎・福田康夫・鳩山由紀夫の各氏のことである。麻生太郎・菅直人・野田佳彦の各氏は現役の政治家(議員)であるから、同じ元総理でも立場が異なる。

 表立った政治的発言や政治活動は慎まなければいけない。これが引退した元総理の嗜みというものである。
 まあ、どうしても言いたいことがあるなら、先輩として陰でそっと言ってあげなさい。辞めた人間が、公然と現政権を批判するなんてみっともないったらありやしない。それを取り上げるマスコミも恥ずかしい。

 というようなことを一度書いておきたいと思った。自分のために。

 私は今のところ現役と言っていいが、いつか第一線を退く時がくるだろう。私のような、ほとんど自由業の者の場合、何をもって引退とするのか良く分からないが、仮に給与生活から年金生活に入った時としてみよう。

 私は元総理のような立派な人間でもないし、大した影響力もない。それでも引退後は、教育や学校や入試について、その時頑張っている人を批判したり足を引っ張ったりすることはやめよう。何も言わないのが一番いい。
 それが引退した者の嗜みというものだ。
 よく覚えておけよ。

「お時間あればどうぞ」、なら行くの止めた

 20181013花咲徳栄食育実践科体験学習

 花咲徳栄高校・食育実践科の体験学習に行ってきた。
 なぜ行ったか。

 言葉は慎重に選ばなくてはいけないが、要は「しつこいんだ」。食育実践科の先生が何度も言ってくる。メールも送ってくる。
 そこまで言うなら行くか。
 呼んでくれるうちが花ってものだし

 似たようなことがあった。
 この間、昌平高校の塾説明会の際、他の取材スケジュールの関係で出られるかどうか分からず回答を出さないでいたら、広報担当者から「出欠回答出てませんよ」と催促のFAXが入った。そこまでされたら出ますよ。もちろん最初から出たい気持ちはあったんだが、ポンと背中を押されたら、いや、グッと腕を引っ張られたらかな。どっちにしたって、それで心が決まる。昌平に塾長も受験生も集まるわけだ。

 「しつこい」とか「くどい」は嫌われるけど、これはつまり、「粘り強い」ということなんだ。あるいは「まめ」。筆まめの「まめ」。

 「よろしかったらどうぞ」「お時間あったらどうぞ」だと、言われた方も社交辞令かと思う。実際、そういうケースも多いわけだし。
 でも、相手が多少興味を持ったらしいと思ったら、ググっと攻める。

 そうすると、おいおい本気だよ、エライ熱心だな、こりゃ何とか応えなきゃいけないなという気持ちになってくる。少なくとも私の場合は。
 どうしても都合がつかなかったら、こいつはどこかで埋め合わせしなきゃならんなという気持ちにさえなってくる。これも私の場合。

 相手の都合を考慮しない「しつこさ」は反感を招くばかりだが、あまりにあっさりし過ぎても本気を疑われる。
 なかなか難しいところだ。

 私はこのブログタイトルにもあるように、先生応援、学校応援をライフワークと決めているから、「しつこさ」は「熱心さ」と理解して、呼んでくださればどこまでも行きますよ。

 最後に愚痴を言うけど、取材に行って記事にしても、その後電話一本、メール一通くれない人もいるんだね。
 なんだ、喜ばれなかったのか。
 もしかしたら記事に不満があったのか。
 まあ、どっちにしたって二度と行かないよ。私はもう人生の持ち時間が少ないんだから。

独自の道を切り拓いてほしい和光国際

 20181012県立和光国際高校

 今日もまた早朝からの学校訪問。
 「よみうり進学メディア」の取材で県立和光国際高校へ。

 東武東上線「和光市駅」から徒歩。
 歩きで行くのは初めて道が不安だが8時半のアポだから、まだ生徒がその辺を歩いているだろう。ついて行けばいいや。
 などと考えていた私は甘かった。

 駅周辺でこそ前後に生徒がいたが、ものの5分も経たないうちに私の後ろには誰一人生徒がいなくなった。でもまあ、前の方に見えるから目印にはなるなと高をくくっていたが、あっという間に引き離され視界から消えてしまった。
 高校生歩くの早っ!

 後で教頭先生にその話をしたら、その時間だと遅刻ギリギリ組なので特に早かったんでしょうとのことだった。
 というわけで25分くらいかかってしまったが、元気な高校生の足なら、学校案内にあるように駅から徒歩17分は本当だ。

 生徒急増期にできた学校だが、昭和40年代後半から50年代にかけて同一規格で量産された学校と異なり、昭和61年の大宮光陵、62年の和光国際、63年の鳩ヶ谷は、校舎の設計も独自デザインとなっている。また、「普通科プラス専門学科」という複合スタイルも昭和の終わりにできた県立学校の特色となっている。

 和光国際の場合は普通科6クラスと外国語科2クラスの編成だ。開校当初は情報処理科もあった。
 外国語科があるせいか女子生徒の割合が高く、男女比率は65対35前後だ。ほぼ100%が大学進学希望で、外国語や国際関係など文系志向が強い。自宅から通学可能な大学を選ぶ生徒が多いので、地方国立よりも都内私立が好まれる。

 前任校は浦和一女だという進路指導主任の先生によると、「トップ校の生徒には厳しい競争を勝ち抜いてきたという経験があるが、うちの生徒にはそこまでの経験がない。性格は優しく真面目な生徒が多いが、難関にチャレンジという姿勢には欠けるかもしれない」ということだ。

 ただし、国際と名のつく高校だけあって留学や国際交流の機会は群を抜いて多い。修学旅行も海外(シンガポール)だ。ALT(語学の専門の外国人の先生のこと)は8人いる。
 そういう環境だから、「英語で話したり、英語で発表したりするのは、うちの生徒にとっては日常的なことですよ」とは、教頭先生の言葉。いま話題の英語の4技能のうちの「話す」については「県立トップ校よりも上だろう」とも。

 そうだね。せっかく「国際」と名のつく学校なんだから、ただ大学合格数を競うんじゃなく、独自の道を切り拓くべきなんだね。

理解されるか春日部共栄流「文武両道」

 20181011春日部共栄野球グランド

 上の写真は、春日部共栄高校野球部のグラウンド。
 レフトからセンターにかけての防球ネット(フェンスかな?)が、コンクリートの支柱ごとなぎ倒されている。先日の台風24号の突風による被害だ。

 同校野球部は、アクシデントにもめげず関東予選を兼ねた埼玉県秋季大会で15年ぶり6回目の優勝を果たした。関東大会で4強に入れば春の選抜出場が濃厚になる。

 が、今日は野球の話ではなく、昨日に引き続き「よみうり進学メディア11月号(進学特集)」の取材の話だ。

 台風24号で車が損傷したので、電車を使う。
 東武アーバンパークライン(早い話、東武野田線だね)に急行が走るようになったので、大宮を出ると次が岩槻、その次が春日部で所要時間は15分。これは便利。
 問題は春日部駅からだ。
 「かすかべ温泉行」のバスが結構頻繁に出ているが、ここはひとつ歩いてみるか。同校学校案内には、「スクールバス10分」としか書かれていないので、徒歩は想定されていないようだが、想定外を試みるのもいいだろう。

 結果。
 徒歩30分で着いた。
 なんだ徒歩圏内じゃないか。というのは「自称:長距離ランナー」である私の(個人の感想です)。

 さて、進路の話だが、ここしばらく東大合格からは遠ざかっているが、旧帝大や東工大などを含めコンスタントに70~80人の国公立合格者を出してる。
 18年春の最大のトピックスは、男バレ・インターハイ出場メンバーが秋田大医学部に合格したことだろう。野球部の4番バッターは東大を受けたが惜しくも不合格、捲土重来を期して浪人中という。
 昔からそうだったが、ここが春日部共栄の譲れない一線なんだね。
 つまり、 「どこそこに受かりました」の後に、「で、部活は何部だったの?」の質問に答えられなきゃいけない。それも、ただやってましたじゃなく、関東出ました、全国出ました、世界大会出ましたとなって、はじめて称賛される。

 ちょっとハードル上げ過ぎじゃないかと思うが、私立なんだし、そういう「こだわり」があってもいいだろう。

 ただ問題なのは、そのあたりが受験生や保護者に伝えられているかどうかだ。
 「部活は全国を目指したいです。大学は難関国公立を目指したいです。両方実現したいです」なんていうのは、そんなに多くはないから、見つけ出してアプローチするのは容易ではない。

 授業も進路指導も、やるべきことは大方やっているわけだから、募集活動をもうちょっと強化して、共感者を増やすことだろうね。

 実は私、来週この学校の職員研修会に呼ばれている。
 今日は取材記者だったが、今度は講師の先生だ。
 
プロフィール

梅野弘之

Author:梅野弘之
受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

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