おいみんな、僥倖って言葉使ったことあるか

 破竹の連勝、将棋の藤井聡太四段。
 2002年生まれの中学3年生。

 かれの指す将棋がどれだけすごいのか素人の私にはわからないが、並外れた語彙力の持ち主であることは分かる。
 20連勝したとき。
 「僥倖(ぎょうこう)としか言いようがない」。

 思わず辞書でチェックしたよ。
 むろん知らない言葉じゃないが、なにせ66年間一度も使ったことのない言葉だし、これから先も使わんだろう。

 北島康介だったら、「たまんねえ-」とか「メッチャ、ラッキーっす」なんて言うんだろうね。それはそれで結構なんだが、中3生が普通、僥倖なんて使わないな。仮に言葉として知っていても、ここぞの場面で的確に使えるかどうか。
 「望外(ぼうがい)の結果」とも言っていたな。

 一体どこで覚えたんだ。
 と思って調べてみたら、幼いころから(今でも幼いが)、新聞とか本(小説)をよく読んだのだそうだ。
 最近の新聞は大ウソもよく書くが、言葉自体を間違っているわけじゃないから、「日本語の宝庫」ではある。
 どこかに司馬遼太郎が好きとも書いてあった。経営者やサラリーマンが読む本だぞ。まあ、こっちも相当はったりかましているが、それにしてもどういう趣味なんだ。

 ちょっと背伸びして難しい言葉を使いたがるのも子供らしくていいし、「すごい」を連発しないところもいいし、カタカナ語じゃなく漢語なのもいい。

 次はどんな言葉を発するか。
 連勝が止まったときのコメントが楽しみだ。

平成30年度埼玉県公立高校の募集人員が発表された

 昨日(平成29年6月21日)、埼玉県教育局より、平成30年度(2018年度)の県公立高校募集人員が発表された。
 本日付け新聞各紙に掲載されているが、元のデータが必要な方は、下記からダウンロードし保存しておくといいだろう。
 
 平成30年度生徒募集人員

 例年10月の発表だった「募集人員」であるが、今年は約4か月早い発表となった。
 入試関連情報は、基本的には「高校教育指導課」発となるが、「募集人員」は入試だけではなく教職員数や配置に関わることでもあり、「県立学校人事課」発となっている。県教委のサイトで、「入試」をキーワードにして探してもなかなか見つからないのは、こうした事情による。

 総募集人員は、3万8720人で、前年から800人減である。
 800人減となったのは、来春の中学校卒業予定者が、1242人減る見込みだからである。

 全日制で募集人員を増やすのは次の7校である。(いずれも40人増)
 大宮東 240人→280人
 川口青陵 280人→320人
 川越 360人→400人
 川越女子 360人→400人
 蕨 320人→360人
 市立浦和 320人→360人
 市立大宮北 280人→320人
 なお、上尾橘は情報コース(80人)、白岡は情報コミュニケーションコース(40人)をそれぞれ募集停止とするが、その分を普通科として一本化するので、学校全体としての募集人員は変わらない。

 全日制で募集人員を減らすのは次の20校である。(いずれも40人減)
 朝霞西 360人→320人
 入間向陽 360人→320人
 浦和一女 400人→360人
 浦和西 400人→360人
 大宮 400人→360人
 大宮光陵 200人→160人
 大宮武蔵野 280人→240人
 春日部 400人→360人
 川口(県立) 360人→320人
 川口北 400人→360人
 川口東 320人→280人
 川越西 360人→320人
 越谷北 360人→320人
 坂戸西 360人→320人
 羽生第一 240人→200人
 飯能南 160人→120人
 深谷第一 320人→280人
 松伏(情報ビジネス) 80人→40人
 宮代 240人→200人
 鷲宮 280人→240人

 募集停止となるのは次の4校である。
 市立川口(240人)
 市立県陽(120人)
 市立川口総合(160人)
 市立大宮西(240人)
 川口市の3校は統合のため募集停止となり、30年度からは新・川口市立高校として、普通科320人、普通科(文理スポーツコース)120人、理数科40人、合計480人を募集する。旧3校の合計が520人だったから、新校の募集はそれより40人少ないということになる。
 大宮西は、平成31年4月から、6年一貫の中等教育学校に転換するため、大宮西高校としての募集は行わない。

 以上、ほぼ新聞発表と重なるが、30年度募集人員についてお伝えした。

 

浦和麗明は共学化より進学校化を強調してほしい

 越谷で行われた叡明高校、浦和麗明高校合同塾説に行ってきた。

 叡明は、旧小松原高校(男子校)で、南浦和から越谷レイクタウンに移転し、新校舎建設。校名を改め共学校となった。
 浦和麗明は、旧小松原女子高校(女子校)で、叡明と同じタイミングでまず校名を変えた。30年度から共学となるが、それを控え現在地に新校舎を建設中である。

 両校は、浦和と越谷でだいぶ離れているように思われるが、南浦和・越谷レイクタウン間はJR武蔵野線でわずか14分と、結構近いのである。
 念のため、武蔵野線の駅を書いておくと、次のようになっている。
 「南浦和」―「東浦和」―「東川口」―「南越谷」―「越谷レイクタウン」
 浦和駅・南浦和駅を最寄りとする浦和麗明と、越谷の叡明とは、地理的に見て競合し得る関係なのである。
 が、同じ学園(学校法人)同士で生徒を奪い合っても仕方ないので、共学化する浦和麗明の方は、越谷の叡明より数ランク上の生徒を集め、明確な「進学校路線」をとることによって、両校の競合を避けようとしているようだ。

 さいたま市内には、公立の浦和・浦和一女・市立浦和・大宮、私立の栄東・開智・淑徳与野・大宮開成など、進学校が目白押しだ。
 浦和麗明は、ここに参戦しようというわけだ。
 思い切った挑戦だ。

 説明会では共学化アピールが印象に残ったが、「県都・浦和の名を冠した私立進学校を作る」という点をもっと強調すべきだったのではないか。もちろん理事長・校長の話の中にはそれがあったが、その後に登壇された先生方の話は、その点がちょっと弱かった。(個人的感想)

 今回は塾説ということで、いわばプロ向けに徹したのだろうが、受験生・保護者向けの説明の際は、「ワクワク感のあるプレゼン」をしてもらいたい。

愛する「6」が二つ並ぶ幸運な年

 私は「6」という数字をよく選ぶ。
 たとえばロッカーの番号を選んだりするときも、空いていれば「6」を選ぶ。
 
 1、2、3あたりはメジャーな感じがするよね。
 いの一番の1。2番じゃダメなんですかの2。三大なんとかの3。
 4は「し=死」だから縁起が悪いというが、四天王なんていうのもある。
 5は五大湖、五大陸、五輪だ。
 ひとつ飛ばして、7はラッキーセブン、8は末広がり。9は九死に一生。

 そう考えると、6は何にもないな。ロト6ぐらいか。あと、見たくもねえTBSが6チャンネル。
 何のとりえもない6。中途半端で目立たない6。
 だが、そういう地味なところが、何ともかわいらしくていいじゃないか。

 その6が二つ並べば66。
 そう、私は明日で66歳になるのだ。

 スマン。今日は思いっきり駄文であった。


注目の「新・川口市立高校」はどんな学校?

 新・川口市立高校の取材に行ってきた。
 現在ある市立川口・市立川口総合・市立県陽の3校が統合され、来年4月「新・川口市立高校」がスタートする。

 校舎は、現川口総合高校の敷地内に建設中であるが、200億円近い巨費が投じられてのものだから、公立としては全国屈指のものになるだろう。完成した暁には日本全国の学校関係者が視察に訪れることになろう。

 既存の3校に学ぶ生徒たちは、2年生あるいは3年生からこの新校舎に移る。ちなみに在校生の制服は今まで通りということだから、既存3校と新校、合わせて4つの制服が混在することになる。

 募集(全日制)については次のとおり。
 理数科 1クラス 40人
 普通科 8クラス 320人
 普通科文理スポーツコース 3クラス 120人
 以上だが、普通科の中に、入学後の選抜による「特進クラス」(3クラス:120人)を設置予定である。

 理数科や特進クラス設置に見られるように、全体として「進学校路線」を目指すことは明白だ。
 文理スポーツコースを設置したのは、市立川口の陸上競技やボート、川口総合の陸上競技・ソフトテニス・卓球・柔道など、県陽の新体操など、既存の強豪部活の実績を引き継ぐ狙いがあるからだろう。

 今春入試(平成29年度入試)における既存3校の志願者数は次のとおりだ。
 市立川口 364人
 川口総合 256人
 県陽   190人
 合計   810人
 仮に同人数が、来るべき30年度入試で定員480人の新・川口市立高校を志願した場合、倍率は1.69倍となる。29年度入試の最高倍率は、市立浦和の1.70倍であるから、それと並ぶ高倍率となる。

 かつて県立高校の統合が盛んに行われた時期があったが、その場合、統合される一方、あるいは両方が募集困難(定員割れ)に陥ってのものだった。しかし、今回の3校は、いずれもそのような状況にはなく、むしろ地域の人気校であったわけだから、新・川口市立高校は初年度から高倍率になることが予想される。

 新・川口市立高校が「進学校路線」を取ろうとした場合、さしあたり蕨・川口北との競争になるのは明らかだ。蕨は国公立に80人前後、川口北は50人前後の合格者をコンスタントに出している県下有数の進学校だ。
 こうした現状を考えると、部活では既存3校のDNAを引き継ぐとしても、学習及び進学指導面では、これまでとはまったく異なるコンセプトを打ち出さないと、受験生・保護者や、中学校・塾の先生の理解は得られないだろう。

 入れ物(施設・設備)は申し分ない。日本一を誇ってもいいくらいだ。あとはスタッフ(指導陣)をどれだけ集められるだ。浦和、大宮をはじめとする県を代表する進学校から、今まさに全国を相手に戦っている先生方を招集できるかどうか。
 既存3校の先生方には大変失礼な言い方かもしれないが、初年度ロケットスタートを切るには、そういった新しい力の結集が必要である。

 おまけ。
 私は教員生活のほとんどを川口の学校(川口北高)で過ごした。そんなわけで、新・川口市立のみならず川口北・県立川口など川口と名の付く学校には頑張ってもらいたいと思っているのである。


専門に閉じこもり深めたほうが世間は広がる

 私が若いころに抱いたちょっとした危機感。
 今日はそんなことを話そう。

 若いころ、といっても30代の半ば頃だったと思うが、ふと、「俺って、対等な大人同士の付き合いってしてないよな。このままじゃバカになる」(もとからバカだった説あり)。そう思った。
 相手はいつも子供だし、保護者とは付き合うが対等な関係とは言えないし、上司や先輩はいるが上下関係より仲間意識の方が強いし。こうしたユルーイ人間関係の中にどっぷり浸かっていると、これ以上の成長がないんじゃないか。
 こうした危機感が、教員から民間への転職につながった面もある。

 結論を先に書いておくと、仕事や環境が変わっても自動的に成長するわけではない。大事なのは求める姿勢。

 以前にも書いた気がするが、民間に転じてからしばらくは、社員同僚からも相手先企業の人々からも「元教員イコール世間知らず」という目で見られた。が、私もそう思っていたから別に腹も立たなかった。

 だんだん民間の仕事に慣れてきた。すると、「なんだよ、結局オマエラも一緒じゃないか」と思うようになった。すぐにこういう態度に出るのが私の欠点ではあるのだが、結局のところ、民間と言えども、かれらの知識や交流範囲は、特定の業種・業界に限るのであって、それがかれらの世間なのである。それをさしおいて、通り相場である「教員は世間知らず」を何の疑いもなく信じているだけなのだ。世間知らずはお互い様だ。

 だが、正に世間は広いから、驚嘆すべき人物との出会いも少なからずあり、次第に自分の考えも変わって行った。
 これはと思う人物は、まず専門である分野の知識が深く、それを通じて交流関係を広げている。
 ついでだが、民間に転じて分かったことの一つは、「ただ単に顔の広い人」が存在するということだ。最初はうらやましいと思ったが、深い知識と豊富な経験を前提としない交流関係なんてまったく意味を持たない。

 話を戻すが、専門分野に特化し、その知識を増やすことは、交流関係を広げることにつながる。なぜなら、「あなたの話を聞きたい」という人が増えるからだ。
 くそ、このことをもっと若いころから知っていればよかった。

 専門分野の知識が深い人は、なぜか他領域にも造詣が深い。「この人、なんでこんなことまで知ってるの? プロ顔負けじゃないか」。
 しかし、よく考えてみれば当然のことで、「究める方法論」が自分の中にあるのだから、何でも分かってしまう。そして、そこでまた予想外の交流関係を広げる。

 世間を広げようと、ただ知り合いを増やそうとするのは愚の骨頂。己の専門に閉じこもり、ひたすら深める努力をしたほうが、結果として世間は広がる。
 この結論を得るのに30年かかった。

個人塾経営は「一人、一代、一教室」の覚悟が必要

 私は大手塾と組んでテレビや新聞の企画をやる一方で、いわゆる個人塾の塾長たちとも仲良くやっている。
 つまり、どっちにもいい顔をしているわけである。
 ついでに言えば、公立高校の校長たちとも付き合い、私立高校の校長たちとも付き合っている。

 八方美人?
 まあ、そうかもしれないが、ビジネス上の立ち位置として、それを選んでいるのである。つまり、どっちにもいい顔をしておかないと商売が成り立たないのだ。
 そんなわけだから、「やつが言うことは信用ならん」などと言われることもある。
 だったら、聞いてもらわなくて結構。偉そうな言い草だが、この歳になって今さら路線変更はできない。私の人生のゴールはもう目の前なんだから、そういう文句はもっと若い連中に言ってくれ。

 個人塾の醍醐味(だいごみ)。
 今日はその話をしようと思うが、ちなみに醍醐味とは本当の面白さという意味だが、元々は仏教用語だ。

 個人経営の醍醐味は、そのまま顧客にとっての魅力にもなる。

 個人塾の塾長の中には、「大手ができないことをやる」などと言っている人がいるが、私が知る限りでは、大手が能力的にできないことなんてない。その気になれば何だってできる。ただ、ビジネス上の採算を考えてやらないだけだ。
 しかしこれは、大手にはどうしても拾い上げることができないニーズがあるということだから、その意味で「大手ができないことをやる」なら、戦略として間違ってはいない。

 塾長の個性がそのまま塾の個性である。
 自分の個性をそのまま塾の看板にしていい。個人塾の醍醐味はこれに尽きる。
 裏を返せば、何の個性も発揮していない塾長が経営する塾は、まったく特徴のない塾ということになる。

 大手塾にあって、各教室の教室長が自分の個性を前面に出すことは許されない。本社・本部の方針の中で限られた個性しか発揮できない。しかし、それはまた安心感にもつながるのであり、大手の特徴にもなっているのである。
 マクドナルドはどこに行っても同じ味というのは重要なことなのだ。

 塾業界は、どんどん大手による寡占化(かせんか)が進んでいる。そのあおりで個人塾の中には、店をたたむところも増えている。塾長自身の高齢化なども一つの理由だが、要は生徒が集まらなくなったということだ。

 個人塾は、「一人、一代、一教室」。
 塾長一人の個性で集めているんだから、講師を雇ってもいいが、基本的には一人で全員を教える覚悟が必要。人を使うなんて思うな。全部自分でやる。
 塾長の個性は他人に引き継げないから一代限りと割り切ること。息子や娘に継がせてもいいが、継いだ本人は親とは違う個性を発揮することになる。
 多店舗展開は個性が薄まるだけ。目が行き届く一教室で踏ん張る。どうしても教室展開したいのなら「教える人」をあきらめ、「経営する人」に徹し、なおかつ自分の個性は引っ込めるしかない。

 「一人、一代、一教室」。
 この覚悟を決めた塾長のところに、お客は集まる。

新たなブランドとなるか「指定国立大学」

 教育界、と言うより受験界と言ったほうがいいかな。
 この世界には「旧帝大」という言い方がある。より正確には「旧帝国大学」。
 
 東京帝国大学
 京都帝国大学
 東北帝国大学
 九州帝国大学
 北海道帝国大学
 大阪帝国大学
 名古屋帝国大学

 以上7大学。帝国を省けばそのまま現在の大学名になる。
 なお、戦前は韓国・台湾も日本の領土だったので、京城帝国大学、台北帝国大学もあった。
 
 高校が大学合格実績を誇示する場合、「東大〇人」、「国公立〇人」、「医学部〇人」とかが用いられるが、国立大学の中でも歴史の古い旧帝国大学への合格数を示す「旧帝大〇人」というのも、しばしば使われるのである。

 さてここに、新たなくくりが登場しそうなので紹介しておこう。
 高校の先生方は先刻ご承知と思うが、「国立大学法人の一部を改正する法律」(2017年4月1日施行)により、「指定国立大学」という制度が設けられた。
 文部科学大臣が、世界最高水準の教育研究活動の展開が見込まれる国立大学を「指定国立大学」として指定することができる制度である。「指定国立大学」に指定されると、研究成果の活用促進のための出資対象範囲の拡大などの特例が認められる。

 公募は昨年(2016年)11月から始まっており、7校が申請している。今後、審査があり、夏ごろには指定が決まるということだが、申請済み7校は次の大学である。

 東京大学
 京都大学
 東北大学
 大阪大学
 名古屋大学
 一橋大学
 東京工業大学

 旧帝大の北海道大学と九州大学からは申請がなく、代わって一橋大学と東京工業大学が申請している。
 申請大学すべてが指定されるかどうかは分からないが、今後、「旧帝大」というくくりではなく「指定国立大学」というくくりが新たなブランドとなる可能性がある。

 以上。高校のパンフレットに、「指定国立大学〇人」と記される日が来るかもしれないという話であった。
 「旧帝一工」なんていうより、スッキリはするな。

どうしたら今日も行きたくなる学校になるんだろう

 取材やら塾説やらで学校訪問が続いている。
 月 大宮開成
 火 昌平
 水 駒込(東京)
 木 星野
 金 岩倉(東京)
 以上が今週のスケジュール。公立がないな。

 今日、星野高校に行って感動したことを話しておこう。
 お昼時にぶつかったので授業は見られなかったが、生徒ホール・自習室・図書館などを見学。昼休みなのに、いろんな場所で生徒たちが勉強している。放課後もそうだが、この学校では昔からお馴染みの風景だ。

 で、それに感動?
 いや、そうじゃない。最後に通りかかった職員室前に生徒出欠黒板があった。それだ。
 本日の学年ごとクラスごとの遅刻欠席状況が書かれていたが、全学年遅刻者なし。特にすごかったのは高3生で、約450人中欠席者は1人。お見事。
 黒板の写真を撮ってきたが、学校の許可をもらうのを忘れて掲載できないのが残念だ。

 3か年皆勤賞が45~50%というから、これが日常的な風景で、欠席者ゼロの日もたくさんあるんだろう。
 一体、どうしたらこんなことが可能になるのか。
 1 身体の丈夫な連中がそろっている
 2 学校好き、勉強好きな連中がそろっている
 3 クラスや部活が楽しくて仕方ない
 4 担任や部活顧問が怖くて休めない
 最後のは、私の現役時代だ。「てめえら、休んだらただじゃおかねえ」といつも生徒に脅しをかけていた。

 無理しなくていいんだよ。時には休んでもいいんだよ。
 そういうのも一つの指導のあり方かもしれないが、やっぱり学校は「通ってなんぼ」の世界だ。

 ああ嫌だな、辛いな、行きたくないなという日も、3年間1000日の間にはあるだろう。でも、うちに一人でいるよりも、学校に行って仲間や先輩と一緒のほうがいいや。
 この学校は、そう思える学校ということなんだろう。

 でもこれを実現するには、厳しすぎてもダメ、ゆるゆるでもダメ。
 なかなか難しいことなのだが、この学校の先生たちは、その勘どころをしっかり押さえられているということだ。

 星野高校
 写真を追加。昼休み、生徒ホールで勉強する生徒たち(関東大会予選県ベスト8の女子バスケ部員)



「トリセツ」みたいな説明じゃ、誰も感動してくれない

 取扱説明書、略して取説「トリセツ」。
 家電製品を買うと必ず付いてくる。

 今日は、「トリセツ」みたいな学校案内、「トリセツ」みたいなホームページ、「トリセツ」みたいな学校紹介ビデオはいけないよという話だ。

 普通、「トリセツ」を隅から隅まで全部読む人はいないね。私の死んだオヤジはそういうタイプだったけど。
 「まず、電源を入れましょう」ってアホか。言われなくたってそうするよ。電気製品買ったんだぜ。
 とにかく、どうでもいいことがこれでもかと書かれている。

 でも、メーカー側にも言い分があって、「ハンマーで叩かないでください」とか書いておかないと、わざとぶっ叩いて「そんなこと書いてなかったじゃないか」と文句を言ってくる人がいるらしいのだ。

 で、話は戻って「トリセツ」みたいなものはなぜダメかというと、誰もまともに見たり読んだりしてくれないからである。「トリセツ」には本当に知りたいことも書いてあるが、大部分は別に知っても知らなくてもいいことなのだ。
 わが校のパンフレットやホームページやビデオが、そんな「トリセツ」みたいなものになっていないかどうか。見直してみる必要があるだろう。

 いくつかの学校は、「トリセツ」みたいな学校説明会をやっている。特に公立においてその例が多い。
 この話は、日を改めて書こうと思うが、学校説明会は、理性ではなく感性に訴える場だ。まあ、本当は理性と感性のほど良いバランスが重要なんだが、感性に訴えることの重要性を分かっていない学校が多過ぎる。

 お父さん「今日の学校説明会どうだった?」
 娘「良かったよ。校長先生が一生懸命話してた」
 お父さん「で、どんな話だった?」
 娘「分かんない。忘れた」
 というのは極端にしても、心に訴えるものがないと実際の出願には結びつかない。

 「トリセツ」を読み上げているような説明じゃ、誰も感動してくれないよ。