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教員の残業代訴訟、意見陳述文読みイスからずり落ちそうになった

 先生応援ブログを名乗っている以上、学校であれ、塾であれ、先生と名の付く職業に就いている人は、とことん応援するが、こりゃあダメだ。

 「教員の時間外労働に残業代が支払われていないのは違法だとして、埼玉県内の市立小学校の男性教員(59)が、県に約242万円の未払い賃金の支払いを求めた訴訟の第1回口頭弁論が12月14日、さいたま地裁で開かれた」
 このニュースのこと。

 男性教員の意見陳述文
 その冒頭部分はこうだ。
 「12月14日、今日は何の日かご存知ですか。忠臣蔵、赤穂浪士の討ち入りの日です。討ち入りの日と重なった。そう思いました
 しかし、今は、民主主義の時代です。正しいことをしっかりと主張し、証明していけば、真実が認められる時代なのです。大勢の人たちが見守ってくれる中で、自由に討論ができるのです。素晴らしい時代になりました。
 私は、この裁判で、公立学校の教員の無賃残業を無くしたいです
 今、全国で過労死が問題になっています。教員の中にも苦しんでいる方がたくさんいます。なぜ解決しないのでしょうか。民間企業では、社長が責任を持って問題解決に向けた取り組みを始めています。しかし、教員の世界は今も残業代が出ません。無賃労働状態です。社長が問題を解決しようとする覚悟がないのかもしれません」

 ※全文をお読みになりたい人は、今のところ、ここで読めます。
  男性教員の意見陳述文全文

 私は、読み始めて、思わず椅子からずり落ちそうになったよ。
 高校生の作文か。
 いや、そんなことを言っては高校生に失礼か。

 「今日は何の日かご存知ですか
 先生にありがちな入り方だ。言っとくけど、ここは教室じゃないから。相手は児童じゃないから。

 「討ち入りの日と重なった。そう、思いました
 だから何だよ。大石内蔵助になった気分ってことか。

 「しかし、今は、民主主義の時代です
 元禄の世と比べてどうする。

 「無賃残業を無くしたいです
 国語の先生なら、こういう場面では「したいのです」、「したいと考えます」と言いなさいと教えるよ。

 というような具合で、この後、自分がいかに大変な仕事をしてきたかを延々語るのだが、とても読んじゃいられない(ガマンして読んだけど)。

 間もなく定年退職する先生の老後の趣味にお付き合いしても仕方ない。以後、無視する、でいいだろう。

 ただし、私の中では学校や塾の先生方の働き方は、引き続き大きなテーマである。

 
 今日の動画「お金持ちになる方法を聞かれたら」

「皆さんはどう思いますか」と聞かない(書かない)ことにした

 今日は、自分で自分に警告を発しておく。
 ブログの最後を「皆さんはどう思いますか?」で結ぶな。

 時々見かけるが、言いたい放題しておいて、最後に「と思いますが、皆さんはどうお思いですか?」というのは、カッコ悪い。
 自分も今まであったかもしれないが、それはそのままにしておこう。だが、これからは使わない。

 「日大入試で、卒業生子女を優先入学。って、別に私立なんだからいいじゃないか。卒業生子女だからって、バカ息子バカ娘ばっかり受け入れたら、結局は自分で自分の首を絞めることになるから、自浄作用が働くはずだ。いちいち目くじら立てるな」
 と、威勢よく言った後に、「と、私は思うのですが、皆さんはどう思われますか?」。
 ね、カッコ悪いだろう。

 「サービスといい、雰囲気といい、もちろん料理も、こんな素敵なお店、他にはないと思いますけど、皆さんはどう思われますか?」。
 アホか。
 みんなの意見を聞きたいんだったら、何とか質問箱みたいなところに投稿して、盛り上がればいいじゃないか。でも、そうじゃない。自分の意見や感想を述べたいんだろう。共感してもらいたいんだろう。
 だったら、言い切りなさいよ。

 たとえば先生が生徒に「みんなどう思う?」と聞く。
 これはまったく別の話だ。この場合の「みんなどう思う?」は、「みんな考えろよ」の言い換えだ。
 ブログとはわけが違う。

 結局、自信の無さの現れなんだろう。
 言い切れない弱さ。
 だから、今後私が「皆さんはどう思いますか?」と書いたら、そうかコイツ言ってることに自信がないんだなと受け取ってもらおう。

 今日の動画「気になるニュースは元ネタを当たってみる」

小学校卒業式で袴、親の無知が原因だな

 「小学校の卒業式は華美になり過ぎている」。
 宮城県ではよく知られた新聞「河北新報」の記事から。

 ―以下、引用―
 宮城県東松島市の渥美巌市長は11日、市議会12月定例会の一般質問で答弁し、はかまや着物を着て卒業式に出席する女子児童が近年増えている現状に疑問を呈した。各家庭の経済格差を考慮した発言。9割がはかまを着用した学校もあり、服装で優劣が出ないよう高学年への制服導入も議論に上った。
 渥美市長は「はかまを着られない少数の児童が劣等感を感じ、卒業式を心から喜べていないと危惧している。経済的な事情で着たくても着られない女の子の心情は果たしてどうなのか」と強調した。
 ―以上、引用―

 そうですか、今そんなことになっているとは知らなかった。
 袴と言えば大学や短大かと思っていたら、小学校がそんな状態になっているとは。

 当然レンタル。
 「小学生、袴、レンタル」で検索し、調べてみたら、あらあら何と5万円ぐらいかかるではないか。
 着物レンタル業界の人には申し訳ないが、こりゃあ、誰かが言ったほうがいい。

 親の気持ちも分からないではないが、ちょっと小ぎれいな洋装で十分。
 何のためにユニクロがあるのよ、ZOZOTOWNでいいじゃない、Amazonだってあるよ、って感じ。まあ、それだって1万円近くはかかるわけだけど、たった1日のレンタルで5万円よりはましでしょう。

 つまりは、親が無知なんだな。
 というか、われわれは、そういうことをきちんと教えてこなかった。

 私もそれなりに長く生きてきたが、式と名の付くイベントで華美な服装を求められたことはなかった。式とはそういうものですよ。入学式、卒業式、結婚式、葬式。
 仮に、平服でと言われてもカジュアルで出かけるバカはいないわけで、常とは異なる「いでたち」や「ふるまい」が求められる。それが式典。

 あでやかさを競う場所ではないですよ。可愛らしさを競う場所でもないですよ。
 いつもとは違った厳かな気持ちで臨むのが式典ですよ。
 経済的な事情で着られない子は可哀想だが、式典の意味を理解していない親はもっと可哀想。

 今日の動画「聞いて分かることはさっさと聞きなさい」

いつまで続くか動画連投、適性検査継続中

 動画版(音声版)ブログを連投している。

 始めた瞬間は、まあぼちぼちでいいかなという気持ちだったが、それだと技術が向上しないと思い直し、連発方式に切り替えた。事務所にいられる時はガンガンやる。
 1週間続けた結果、技術が向上したとまでは言えないが、明らかに段取りはよくなった。簡単なシナリオ(メモ)を作り、録画し、編集し、アップするまで1時間ちょっとで出来るようになった。大幅な時間短縮だ。

 しかし、まだ分からない。
 どこまで続けられるか、だ。
 途中で飽きるか、ネタ切れになるか、息切れするか。
 いずれにしても、続かないことは向いていないのだ。
 数か月やってみれば、適性が判明するので、それで向いていないと分かったらやめればいい。

 周到な準備をする人と、適当な準備しかしない人。
 しっかり練習してから試合に出たい人と、練習もそこそこに早く試合に出たい人。
 
 自分がそうだから言うわけじゃないが、準備ばっかり、練習ばっかりじゃつまらんと思うよ。
 そりゃ山に登るんでも、マラソン走るんでも、とりあえず死なない程度の準備はするよ。
 で、それさえ準備できたら、いざ実戦。

 そうすると、本当に必要な準備や練習とは何かが分かってくる。
 本に書いてあることは、一般論だったり、個人的体験に基づくものだから、自分に当てはまるものと、当てはまらないものがある。自分に必要な準備と練習は、結局自分で発見するしかない。

 といった次第で、しばらく乱発が続くだろう。

 今日の動画「過去の発言にこだわるな」

年賀状よ、お前はもう死んでいる

 ここ2年間、年賀状は出していない(一昨年は母の喪中という理由があったが)。
 私の中ではすでにオワコンだ。
 
 自分の人生は終わりに近づいている。これから出会う人よりも、亡くなって行く知り合いの方が多いから、放っておいても年賀状のやり取りは減るだろう。

 新年のさまざまな風習が残るのはいい。
 「新年おめでとう。今年も健やかに楽しく暮らそうね」と、互いに言い合うのは良き伝統として、この国に残しておこう。
 が、その手段が年賀状でなければならないかというと、そこは違うのではないかと思うので、個人的には紙の年賀状は廃止する。

 幸いにもというか、私はTwitter、Instagram、Facebook、LINE、YouTube、Blogなど一通りの通信・コミュニケーション手段を利用している。これで十分。
 ただ、スマホもパソコンもダメという、80代、90代の、昔お世話になった大先輩にはそうもいかんだろう。さすがに紙で出す。ただし、それも元旦にこだわらず、ちょっと遅れて出す。

 今年の年賀はがき発行枚数は24億枚で昨年を7.2%下回っている。盛んにTVCMを流しているし、お年玉くじの商品もかなりグレードアップしているが、基本的にオワコンなのであるから、売り上げ枚数が増えるわけがない。
 もちろん、今のところは新年の挨拶では年賀状を重視する人が、メールやLINEなどのメッセージアプリを重視する人を上回っているが、逆転は時間の問題だろう。

 すでに年賀状を出さない人が4割近いというデータもある。
 出す人が減れば、郵便局員の年末年始の働き方が少しは楽になるだろう。また、日本郵便が、年賀状がオワコンであることを素直に認め、売り上げ増をあきらめれば、さらに楽になる。
 局ごと個人ごとに販売ノルマがあるのは周知の事実で、いつも私の事務所にやって来る配達員の人も、最後は自爆だと嘆いていた。
 ちなみに自爆というのは自爆営業のことで、早い話、自腹を切って買うことである。

 自爆で買った年賀はがきは金券ショップに持ち込まれる。62円ハガキの買取料金は50~58円だから、郵便局員としてはその差額が自己負担となる。
 買い取られたハガキは、60~61円で販売される。浦和駅西口「さくら草通り」の浦和中郵便局の並びや向かいに金券ショップがあるが、そっちで買ったほうが安い。
 郵便局に並んでいる人に「向かいの金券ショップの方が安いですよ」と教えてあげたい衝動にかられたが、ノルマ達成に必死な郵便局員さんに申し訳ないので、そこまではしない。

 美風を残しつつ、時代にあったやり方を工夫する。


 今日の動画「短いスピーチも練習しよう」

人生お金じゃないを誰がどう教えるか

 今日は公務員のボーナス支給日。
 かつて私も頂いていました。しかも昔のことだから銀行振り込みじゃなく現金で。

 40歳の冬のボーナス。結局これが公務員としてもらった最後の冬のボーナスだったが、たしか100万円にはちょっと届かなかったな。記憶の限りでは、そんな金額。

 公務員のボーナスが高いのか低いのか。これは比較の対象に何を持ってくるかによるので何とも言えないが、たくさん貰った人は、できるだけたくさん使ってくれればいい。金庫に眠らせてしまえばそこで終わりだが、じゃんじゃん使ってくれれば、それがまた誰かの収入(所得)になる。

 公務員の仕事が、今の自分の仕事に比べて「楽でいいな」、その上、「給料も高くていいな」と思っている人もいるだろうが、条件の良いところほど人材が集まりやすいわけで、条件を悪くした結果、希望者の質が下がり、そのために行政の機能がマヒしたりサービスが低下したりしたら、そちらの方が不利益が大きいので、私はこんなものかなと思っている。

 最近、お金にまつわる話をよく書いているような気がするが、どうも昔に比べ、「拝金主義」がはびこっているように思えてならないのだ。お金至上主義だね。
 まあ、生きていくのにお金が必要なのは明らかなので、そこは議論してもしょうがない。

 お金をたくさん持っている人がエライ。
 お金をたくさん持っているとシアワセ。
 お金を持っていれば万能(なんでもできる)。

 いやいや、そうじゃないですよというのは普通の大人なら分かるわけだが、テレビなどの影響を受けやすい子供が、こんな考えのまま大人になったら困るでしょう。
 将来は安定した公務員になりたいですというのも、形を変えた拝金主義かもしれない。

 人生の目的はお金ではない。お金は手段に過ぎない。
 これをお金持ちが言うと、「金の心配がないからそんなことが言えるんだ」となり、私のように金を持ってない人間が言うと「負け惜しみだろう」となる。

 一体誰がお金がすべてではないことを教えたらいいのか。
 先生方、頼みますよ。


 ※今日のブログ内容とは関係ありません。動画2本アップしました。
 今日の動画「先生に社会人経験は不要」
 今日の動画「続・先生に社会人経験は不要」(先生としてプロになるのが先)

なぜ動画ブログを発信するのか

 本日、さいたま国際マラソン
 出ませんよ、あんなアップダウンが多いコース走りたくない。地元中の地元だから見慣れた風景ばかりだし。
 以上。「出たの?」と聞いてくる人が多いので、先回りして回答。

 さて今日は「5G」の話。
 重力じゃないよ、「第5世代移動体通信」(ファイブジー)。
 現在の規格が「4G」。Wi-Fi以外のとき、スマホの左上に出てくるでしょ。これでスマホが爆発的に普及した。

 で、2020年から、次世代の「5G」が実用化される。
 「5G」による「超高速大容量」、「低遅延」、「多接続」などの実現が、世の中にどんな変化をもたらすかは、私のような素人が能書きを垂れなくても、いくらでも情報が得られるから各自お調べいただきたい。

 そういう世の中になったとき、さて私の仕事はどうなるか。
 つまり、今のところ紙媒体(具体的には新聞)に原稿を書いたり、紙のパンフレットを制作したり、あと、これは仕事とは言えないが、こうして毎日ブログを書いている。

 新聞は無くならないが紙に印刷されたものを読む人がいなくなる。
 学校案内パンフレットもすぐにはなくならないが、ホームページやYouTubeやTwitterなどで発信したほうが効果的だし低コストだと気づく人が増えてくる。
 どう考えても仕事は減る一方だ。
 そう思って映像やシステム制作の仕事を増やしてきたが、今後はそちらがメインになるだろう。

 テキスト(文字)のブログは引き続きニーズがあるだろう。
 特に私の場合、読者の多くが「ケータイとPCの世界」に生きている先生方だ。この方々が「スマホとタブレットの世界」に入ってくるまでには、もう少し時間がかかりそうだ。

 ただ、私のもう一つのターゲットである中高校生やその保護者世代は、とうの昔に「スマホとタブレットの世界」に移行している。
そこに「5G」である。
 バッテリーの残量や通信料金を気にせず、今よりはるかに快適に動画を見られるようなるだろう。


 というわけで、「テキスト(文字)から動画へ」というのが、私の2019年のテーマなのである。今からでも早いとは言えない。が、2020年になってからというよりはましだろう。

 その時になって慌てないように、経験値を高め(技術を高め)、多くのコンテンツを蓄積しておこうと思う。

 

 梅野弘之の先生応援ブログ・動画版(2018年12月9日)

先生の残業、学校だけの問題ではない

 月45時間以内、年間360時間以内。
 公立教員の残業時間ガイドラインとして検討されているのがこの数字。

 実現不可能。非現実的。
 そう思われた先生も多いと思う。私も経験者の一人としてそう思った。
 しかし、最初から無理と言ってしまうと思考停止に陥るので、「できたら、いいよね」と前向きにとらえることにした。
 残業がゼロで、有給が全部消化できて、給料も減らなければ、そりゃいいに決まっている。

 残業時間の問題は残業代とセットで考えなければならないが、そのあたりの踏み込みが甘い。
 公立教員の場合、「教職員給与等特別措置法(給特法)」に基づき、給与月額の4%相当の「教職調整額」が支払われる。時間外手当(残業代)の代わりである。残業をしなくても、死ぬほど残業しても、この率は変わらない。
 4%とは、給与月額30万円なら1万2000円、50万円なら2万円だ。時給1000円のコンビニバイトなら12時間分から20時間分だ。これで月80時間とか100時間とか残業する教員がいるとは驚きだが、実際、大勢いるのだ。
 私もそうだった。
 
 時間外手当(残業代)を支払うとなれば、誰が考えても巨額の財源が必要なのは明らかだ。そこで、残業をしない、あるいは少なくする方法で解決しようというのだが、先生の日々の業務量を考えたら、月45時間だって危うい。

 そこで出てきたのが変形労働時間制という考え方だ。
 忙しい時の勤務時間を延ばし、夏休みなどに学校閉庁日を設け、年単位で勤務時間を調整しようというものだ。

 はて、先生やってて忙しい時があったのは覚えているが、暇な時ってあったっけ?

 教員を増量すれば解決するでしょう。
 でもそのためには巨額の人件費を確保する必要がある。

 業務を外注すれば解決するでしょう。
 でも、これにも莫大な費用がかかる。

 だから先生の意識、学校の考え方を変えてください。そういうこと。
 まあ、先生方は真面目だから、文科省や教育委員会の方針が正式に決まれば、何とか実現しようと頑張るだろうね。
 が、先生方の努力だけでは限界がある。

 私たち民間人、というか、学校外にいる人間に必要なのは、「先生しっかりやれ」「学校ちゃんとやれ」と押し付けるのではなく、納税者として何ができるか、選挙民として何ができるか、住民として何ができるか、専門家として何ができるか、保護者として何ができるか、と、わが身に引き寄せて一緒に考えることである。

 梅野弘之の先生応援ブログ・動画版(2018年12月8日)

大人になって「お客様は神様」だと勘違いしないために

 生徒や親は「お客様」じゃないぞ。
 と言いたいところだが、この問題はなかなか難しい。

 学校や先生が教育サービスを提供する側とすれば、生徒及び親はそのサービスを受け取る側になるから、「消費者」すなわち「お客様」ということになる。
 通常、モノやサービスを購入する際は、対価(お金)を支払うが、学校教育の場合、公立においてはその大半を公費(税金)で賄っており、私立にも相当額の公費(税金)が投入されている。
 このあたりが通常の買い物などとは違うのだが、サービスを受け取る側であるのは確かなので、とりあえず「お客様」であるとして話を進めよう。

 では、サービスの買い手である「お客様」は、売り手である企業やお店より偉いのか、「お客様」は神様なのかということだが、これはイーブンの関係である。対等である。
 どうも、この辺りを理解できてないというか、勘違いしている人が増えているようで、その極端なケースがいわゆるモンスターペアレンツというやつだ。

 そういう人は、どこに行っても誰に対しても、「こっちは金払ってるんだからな」と威張り散らしているのだろう。
 私が寿司屋の店主かなんかで、こんなことを言われたら、「文句あんならテメエで海行って魚釣って来やがれ。1年かけてコメ作ってみろ」とでも言いそうだ。
 
 「こっちは金払ってるんだからな」の人がなぜ出現するか。
 ひとつ想像するのは、その人が勤め先で上司や社長から「こっちは給料払ってるんだからな」の扱いを受けている可能性だ。本来ならそこで、「ふざけんな、こっちも汗水たらして働いてるんだ。ただ給料もらってるわけじゃねえ」と言い返したいところだが、それが出来ないので、スーパーやファミレスや居酒屋でその憂さを晴らしている。
 まあ、可哀想な人。

 もう一つは、「こっちは金払ってるんだからな」の人は、貨幣の機能について、ちゃんと習って来なかった可能性。
 貨幣には3つの機能があって、一つは交換機能、あとの二つが価値尺度機能と価値保存機能。
 基本的にお店でお金を払う場合、交換機能を果たしている。大昔だったら、魚を食わしてもらったら、肉を食わしてやらなければならないところだが、今はそれを貨幣で代替している。本来、人と人とは、相手が何かしてくれたら、こっちも何かしてあげなくてはいけない。そういう関係なのだと習って来なかった。
 どっちにしても可哀想な人。

 大人になってからでは手遅れなので、子供のうちから、そういう世の中の仕組みを正しく教えておこう。

 梅野弘之の先生応援ブログ・動画版(2018年12月7日)

校則の自由を奪うな

 変な校則、おかしな校則というのはあるものだ。
 ネットで検索すればいくらでも出てくる。

 しかし、校則というのは、いわばローカルルールで、会社ごとに独自の決まりがあったり、各家庭に「わが家のしきたり」あったりするのと同じことだ。
 他者から見たら、「なんで?」と思われるものであっても、定めに至るには経緯(いきさつ)もあり理由もあるのだ。

 あちこちの変な校則を取り上げて、ネット上で盛り上がるのは自由だ。止めようと思っても止められない。
 しかし、マスコミがそれと同じレベルで大騒ぎするのはいただけない。
 批判するなら取材しろという話だ。定めた経緯と理由をちゃんと取材しろ。その上でやはり変だと思うなら、記事にするなり番組にするなりすべきだろう。ネットの話題をつまみ食いして無責任な記事や番組を作ってんじゃないよ。

 日本には約2万の小学校と、約1万の中学校と、約5千の高校がある。これだけあれば、いろんな校則があるでしょうよ。
 で、それらの学校が、いろんな経緯、いろんな理由でローカルルールを定めている。それを「うちの学校とは違う」とか、「われわれの時代とは違う」とか、「わが家の考えと違う」などと言い出したら切りがない。

 うちでは子供にテレビを見せませんとか、スマホは与えませんという親がいたら、子供の知る権利を奪っているとでも言うのかな。まさか。
 それが「わが家の方針」であり「わが家のしきたり」なんだから、他人がとやかく言う問題ではないでしょう。家庭内で、親子で、話し合って解決しなさいよ。

 学校は公的な性格もあるし、ある種の権力でもあるから、家庭とまったく同じにはできないが、当事者で話し合って解決しなさいよという点は同じだ。

 全国一律の校則でいいんですか?
 誰かが、これが正しい校則だと決めたほうがいいんですか?
 地域ごと、校種ごと、学校ごとでいいじゃないですか。

 その中で、当事者(学校と生徒と保護者)が、やっぱりこれは変えようよとなったら、自由に変えられる。それが校則というものだ。

 梅野弘之の先生応援ブログ・動画版(2018年12月6日)
プロフィール

梅野弘之

Author:梅野弘之
受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

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