子育ては苦労が多いが、将来いいぞと確信できれば

 数は力という話を一昨日書いたばかりだが、人口だって少ないより多い方がいい。
 そう思う人が多いから、少子化が問題となる。

 自民党の山東昭子参議院議員(75)が、党の会合で「子供を4人以上産んだ女性を厚生労働省で表彰することを検討してはどうか」と発言した。
 
 さっそくマスコミが食いつき、評論家たちがバッシングを始めた。
 女性を蔑視した発言だとか、表彰より先にやることあるだろうとか、産みたくても産めない女性がいるのにとか、お決まりの批判だ。

 私は、「バーカ、全然名案じゃねえよ」と思った。
 こんなの無視。無視すればいいんだよ。会合の出席者もそう思ったんだろう。「そいつはいいアイディアだ。ぜひ真剣に検討しようじゃないか」とは、ならなかったわけだろう。当たり前だよ。
 この程度のおバカ発言をいちいち問題化しようとするマスコミもどうかしてる。

 なぜ女性が子供を産まなくなったか。
 経済的な問題から産みたくても産めない。仕事の関係から産みたくても産めない。
 そういう理由もあるが、産まなくても済む時代になったというのも加えておいたほうがいいかもしれない。

 その昔、子どもは労働力であった。また、教育にはさほど金がかからなかった。中学校までで良かったし、高校にいれてやればましなほう。子どもは若くして家に金を入れるようになり、親の老後は子供が面倒見た。

 昔の子育てというのは、それにかかった費用や苦労と、その後の物心両面の見返りを比較すると、ちょうどいい塩梅か、ないしは、ちょっとプラスの方が多いと人々が思っていたのではないか。であれば、人には子孫を残そうという本能があるわけだから、国が何にもしなくたって子どもは増えて行く。

 しかし、昔は良かったと言っても始まらないから、子育ての費用と苦労と、その後の物心両面の見返りとがうまくバランスが取れるような世の中にして行かなければならない。

 いま考えられている教育無償化は、子育ての費用を軽減するという意味ではいい。女性が働きながら子育てできる仕事環境を作るのもいい。男性が子育てに積極的に参加するのもいい。
 財源をどうするかとか、誰が負担するかという議論は残るが、方向性としてはどれも間違っていない。

 では、こうした子育て支援を厚くすれば、子どもの数は増えるか。
 ここは難しいところだ。

 金がかからない? じゃあ、やってみるか。
 われわれは、そういう行動をふだん取らない。それが精神的なものであれ、金銭的なものであれ、見返りがないことはやろうとしないものだ。

 子どもが大勢いると、将来いいことたくさんあるぜと人々が確信できるような制度や社会システムが欲しい。
 今のところ私には名案はないが、今後はこうした議論が必要なのではないか。

現状維持と言って自分を誤魔化してはいけない

 現状維持は凋落の始まりである。

 いま仮に、塾生数50人の塾があったとする。
 翌年48人になった。対前年比96%、たった2人の減少だ。直ちに自分や先生たちの給料を減らすような一大事ではない。「まあまあ、現状維持かな」と自分を納得させる。
 さらに翌年、46人になった。前年の48人を基準にすれば、やはり対前年比96%で、「まあまあ、現状維持かな」とここでも自らを納得させる。
 というようなことを5年続けると、塾生数は40人になる。ここまで来れば、経営体制を見直す必要が出てくるだろう。

 1人でも2人でも減れば、厳密には現状維持できていないのだが、下がっているが大した問題ではないと思いたくなる。その気持ち分かる。
 業績は5年、10年のスパンで見なければならないが、さしあたり直近の業績と比較してみたくなる。これも分かる。

 生徒の成績もそうだ。
 95点が93点になっても、まあまあだな。偏差値が0.1下がっても、前とおんなじだ。で、次に94点とったら、ちょっとだけど前より上がったじゃないか。いや、全然上がってないよ。
 成績に上がり下がりはつきものだが、現状維持はダメなんだよという姿勢で臨まないと、いつか取り返しのつかない事態に陥る。

 私は過去、まあ現状維持だからと自分を誤魔化してきた結果、何度も手痛い失敗をしてきた。
 前よりも、ほんの少し上がった。これが現状維持。
 前よりもわずかでも下がったら、これはもう現状維持ではなく、凋落の始まりだ。

部員が多い学校ほど強い(サッカー部員数調査)

 昨日、高校サッカーの埼玉県予選決勝を見ていて思った。
 「強い学校は、部員も大勢いるな」

 では、早速データを収集してみよう。
 気になったことは調べてみる。これは性分だな。

 埼玉県高等学校体育連盟が発行する「高体連」という冊子がある(非売品)。これの平成28年度版で各校の部員数を調べてみた。28年度版だから去年の数字ということになるが、だいたいの規模感は分かるだろう。
 
 次に、今年度の大会結果を調べてみた。(夏)はインターハイ予選、(冬)は、昨日決勝戦が行われた全国選手権埼玉大会である。
 
1位 浦和東 227人 (夏)ベスト8(冬)ベスト4
2位 西武台 185人 (夏)ベスト4(冬)ベスト8
3位 昌平  184人 (夏)優勝(冬)優勝
4位 武南  174人 (夏)ベスト8(冬)ベスト4
5位 埼玉栄 171人 (夏)ベスト8(冬)ベスト8
6位 大宮東 168人
7位 埼玉平成153人
8位 正智深谷148人 (夏)ベスト8(冬)ベスト8
9位 浦和南 143人
10位 浦和西 136人 (夏)準優勝 (冬)準優勝
11位 浦和学院132人 (夏)ベスト4 (冬)ベスト8
12位 南稜  131人
13位 熊谷  128人
14位 大宮南 124人
15位 市立浦和122人
16位 伊奈学園122人
17位 武蔵越生121人
18位 越谷西 118人
19位 東京成徳大深谷118人
20位 川口北 110人

 部員数が去年の数字で、大会結果が今年のものという点が気に入らないが、かなりきれいに結果が出た。
 昨日の決勝戦に出た両校は、やはり大所帯だった。
 そこで結論。
 「ベスト8以上に進出する学校は、すべて部員数の多い学校である」

 それにしても、どこも多過ぎじゃないかと思ったが、全国選手権(本大会)の大会要項を見たら、登録30人まで、ベンチ入り20人とあった。
 そうすると、各学年30人前後、3学年合計で100人を超える学校があったとしても、それほど極端な数字とは言えないかもしれない。

 部員が多いから強い。いや、強いから部員が集まってくるのだ。
 いろいろ考え方があろうが、やっぱり「数は力」というのは本当みたいだ。


サッカーもラグビーも駅伝も、冬はみんな昌平

 サッカーで昌平高校が2回目の全国選手権出場を決めた。
 昨日はラグビー部が花園(全国選手権)初出場を決めたし、その前には、女子駅伝が全国高校駅伝初出場を決めている。
 バスケット部ももう一息だった。
 勉強の方も、3年連続で東大合格を出しているし、文武において昌平の勢いは止まらない。

 サッカーは昨年インターハイで全国3位に入っているし、2年連続してJリーガーを輩出しているから、今回は全国制覇を期待したい。
 埼玉代表は全国選手権で過去12回優勝している。市立浦和4回、浦和3回、浦和南3回、浦和西1回、武南1回。埼玉代表の最後の優勝は、1981年の武南までさかのぼる。1992年を最後にベスト4もない。

 ラグビーは、1990年に熊谷工業が全国優勝、1999年に埼工大深谷(現・正智深谷)が準優勝という記録があるが、こちらも2004年の正智深谷ベスト4以後、全国での活躍が見られない。いきなり優勝は無理でもベスト8、ベスト4の声を聞いてみたい。

 女子駅伝は、かつて1995年~1997年にかけて埼玉栄が全国3連覇という偉業を達成したが、その後は埼玉栄による8位以内入賞が3回あっただけで、振るわない。テレビ中継にも映らない。昨年の本庄東は30位だった。

 夏の甲子園で花咲徳栄が全国優勝をしているだけに、埼玉県民としては、どうしても期待値が高くなってしまう。
 だが、今日のサッカーを見ても、選手たちは出場を決めて狂喜乱舞という姿ではなかった。全国での戦いを見据えているのだろう。

国会議員はちゃんと法律作れよ

 加計学園の岡山理科大獣医学部がようやく正式認可になった。

 大学側から見れば、「ようやく終わった」のではなく、「やっと始まる」のである。
 来年4月、どれだけの学生が集められるか。6年後、どれだけ獣医師国家試験に合格させられるか。
 認可まで10年以上を費やしたが、本当の勝負はこれからだ。
 ぜひ、頑張ってもらおう。

 大学が経営的に成功するかどうかは、実際に始まってみなければ分からない。
 そこで文部科学省は、設置基準を設け、それを満たしていれば認可するという立場をとってきた。
 ところが、獣医学部に限っては、半世紀以上にわたって認可申請すら受け付けなかった。ここがそもそもおかしい。
 で、ここを突破するのに国家戦略特区の仕組みを使おうとした。これまたおかしい。たかが私立大学の新設学部の認可である。どこが国家戦略だ。

 と、これまで嫌と言うほど語られてきたことだが、今回の件で、認可の仕組みや行政の役割とか、法制度とか、いろいろな問題点が浮き彫りになってきた。
 国会の役割は、これらを正すことである。
 二度と同じようなことが起こらないように、ちゃんと法律作れよという話だ。
 誰かが不正を働いたとか法に背いたということならば、それは司法がやればよろしい。

 日本のような議院内閣制をとる国では、行政府と立法府の境目があいまいなのはやむを得ないのだが、行政府が役人の手を借りて法律案を作って、国会議員はただそれらに対し賛成か反対かの意思表示をするだけというのでは、高い歳費(給料)を払う意味がない。

今日から入試対策番組が放送される

 今日からテレビ埼玉入試特番「公立高校入試の傾向と対策」の放送が始まった。
 第1日目の今日は、私と、スクール21の宮川由三先生、埼英スクールの高見沢誠司先生による座談会だ。

 座談会では、29年度入試から一部の学校で「学校選択問題」が導入されたので、その話に少し多めに時間を割いた。

 10月末に収録があった。
 今年のMCはテレ玉アナウンサーの荒木優里さん。
 この番組を担当するのは初めてだが、ふだんニュース番組にも出演しているので、原稿読みはお手のもの。私は現場(スタジオ)で初対面だったが、簡単な打ち合わせですぐに本番に入れるところは、さすがにプロだ。

 宮川先生と高見沢先生も、テレビ慣れしているので、やりやすい。モニターで残り時間を見ながら、発言の長さを調整してくれるし、台本(一応、それらしきものがある)にない振りにも即座に対応してくれる。

 来週月曜日からは、土日を除き毎日30分ずつ、2週間にわたって放送される。これからの学習の参考にしてもらいたい。

 テレ玉01
 テレ玉02



大事なことは何回でも言い、何回でも書く

 本日、11月16日付埼玉新聞に、「平成30年度高校入試対策特集」(タブロイド判12頁)が折り込まれた。この特集号は、県内全中学校に無料配布されている。
 (参考までにタブロイド判は、紙面の大きさのことで、一般の新聞はブランケット判と言い、タブロイドはその半分のサイズである)

 埼玉新聞を購読していれば自動的に手に入るが、塾の先生などが入手したいときは、中学3年生に「学校で配られているはず」と尋ねてみるしかない。もっとも、紙面の中身は、塾の先生方なら先刻ご承知のことばかりである。
 
 私はかなりのページを執筆しているのだが、昨年も一昨年も同じことを書いている。
 「ホント代わり映えしないな」と、我ながら思う。
 でも、読む側は初めてなので、「これは昨年も書いたから」と省くわけにはいかない。
 と言って、昨年の記事をまるまるコピーしたのでは、原稿料をいただくのが心苦しい。内容的には同じことを言いながら、文章には新味を持たせるというのは、これでなかなか骨の折れる作業なのである。

 記事の中に、私立高校の学費に関するものがある。
 「私立は学費が高いから」と最初から諦めてしまう人も多いが、公私間の学費格差は年々確実に縮まっているから、よくよく調べてみたほうがいいというような内容だ。

 公立私立ともに世帯年収が高いと授業料無償にはならないのだが、一定の世帯年収であれば、私立の場合も、全県私立平均額までは県からの補助が出る。また、昨年からは施設費などにも補助が出るようになった。入学金にも一定額の補助が出る。

 塾の先生方は、このあたり精通しているわけだし、各私立高校でも盛んにアナウンスしているのだが、それでもまだ「知らなかった」とか「よく分からない」という保護者はいるものだ。

 やはり、重要なことは、前に書いたとか、前にも言ったとスルーせずに、繰り返し書いたり言ったりしなければならないのである。

 埼玉新聞29年11月

 

新しい授業スタイルに挑む若手教員が頼もしい

 熊谷高校の公開授業を見てきた。
 これで3年連続。いや、もっとかな?

 1時間の授業見学と2時間の研究協議、これに往復の3時間が加わって計6時間。一日仕事だ。
 この学校は、伝統校・進学校だけあって、「神のごとき授業」を展開する達人がいくらでもいるわけだが、今日の公開授業は発展途上の若手教員が中心だった。見学に来ている他校の教員も若い人が多かった。もっとも、私から見れば、みんな若い。

 今日公開されたのは、埼玉県教委が東大と組んで進めている「知識構成型ジグゾー法」という、一種のアクティブラーニングの手法を取り入れた授業だ。
 この手法には一定の「型」がある。
 埼玉県の新任教員は、全員がこの手法について研修を受けているようだが、実際の授業でどれだけ活用されているかについては、私自身、調査不足でよく分からない。

 取り扱う単元や課題によっては、効果的な指導法であるが、生徒の活動に重点を置いているため、教える側の意図に反して、思わぬ方向に展開してしまうこともあるようだ。また、先生が一方的に教え込む授業スタイルに比べ、教材の準備も大変そうだ。
 たぶん、月に1回とか、学期に数回とか、そんな頻度でしか実践できない手法だろう。

 ただ、授業を見ていると、たしかに遊んでいる生徒は皆無で、みな積極的に授業参加している。もともと、そのような生徒がいない学校ということもあるが、その点を差し引いても参加への意欲は高い。

 よく大学受験には役立たないという人がいるが、意見交換したり、仲間に説明したり、全員の前で発表したりというプロセスの中で、知識はより深く、確かなものになって行くはずで、決してマイナスとは言えないだろう。
 ただし、授業の進みはたしかに遅くなる。その点をとらえて、大学受験にはマイナスというなら、ある程度は当たっている。

 ICT教育にしてもアクティブラーニングにしても、何でも新しいものに飛びつけばいいというものではないが、若い先生がいろいろな「授業の型」を身につけて行くのは良いことだ。

 熊谷高校公開授業04
 熊谷高校公開授業03
 熊谷高校公開授業05


三重県公立高校が「全国募集枠」を設定、31年度から

 三重県の県立高校が再来年(平成31年度)の入試から、一部の学校で県外生の受験も可能な制度に変更する模様である。

 県立学校が他県の生徒を受け入れていいのかという議論は、当然起こってくるだろう。

 現在でも「隣接県協定」を結ぶことで、相互に他県生を受け入れる制度が機能しているが、これは、もっぱら生徒の通学の便等を考慮したものであって、三重県の制度とは主旨が異なる。

 県を越えての入学は、私立ではよくあることだが、公立高校では、前述の特別な事例を除けば原則認められていない(一家転住の場合はもちろん可)。
 三重県では、すでにスポーツ強豪校において、事実上の越境入学が行われていた。つまりルール違反。
 そこで、検討の結果、現状を追認する形で、他県生の受験を可能にする制度に変更したものと思われる。ちなみに、三重県県教委では、現状追認ではないと言っている。

 さて、こうした「全国募集枠」を設けることは、地方公立高校にとって得なのか損なのかという話である。

 主にその県の税金で運営されている県立高校に、納税者ではない他県の生徒を受け入れるのはいかがなものかという異論がまず出てくるだろうが、授業料無償化を適用しないとか、少し余計に入学金や授業料を納めてもらうとか、お金の問題はお金で解決するという方法がありそうだ。

 なぜ今「全国募集枠」なのか。
 三重県では、スポーツ強豪校など25校で、「全国募集枠」を設けるとしており、同県教育長は「スポーツの越境入学から始まった問題だが、結果としては学校や地域の活性化を考える良い機会になった」と述べている(伊勢新聞記事より)。

 なるほど、私立と同じことをやろうというわけか。
 とすれば、その瞬間、公立の負けである。特待生やスポーツ奨学生で全国から有望選手を集めている私立に勝てるわけがない。

 ただ、当初三重県だけが「全国募集枠」を設けているという状態であれば、物珍しさも手伝って一定の受験生を集められる可能性はある。
 しかし、ことがうまく運べば、近隣府県や全国の都道府県が同じような制度を設けるかもしれない。
 他県から受けていいが、他県を受けてはいけないとも言えないだろうから、そうなると、流入だけでなく流出も考えなければならず、戦いの相手が全国の公立高校ということになる。

 普通に考えれば、弱小勢力は保護主義の下で戦ったほうがいい。流入がない代わりに流出もないという状況のほうがリスクは少ない。

 以上のことから、「全国募集枠」の設定は、公立高校にとって起死回生の策とはならないのではないかというのが、今のところの私の考え方である。

新聞は見出しだけでは分からない

 新聞の見出しは何のためにあるか。
 記事本文を読ませるため(読んでもらうため)である。

 「新聞は見出しだけ見れば、中身はだいたい分かる」と言う人がいるが、記事本文を要約しているわけでなく、興味を惹くことを狙っているので、見出しだけでは分からない。よく読んでみると、見出しとは逆のことだったりすることもしばしばだ。

 あるネットニュースの見出し。
 「トランプ米大統領:金正恩委員長と友人になれる可能性ある」
 あれ、急に今までと違うこと言いだしたぞ。
 そう思った私はすでに新聞側の術中にはまっている。

 トランプ大統領のツイッターを読んでみる。
 「Why would Kim Jong-un insult me by calling me "old," when I would NEVER call him "short and fat?" Oh well, I try so hard to be his friend- and maybe someday that will happen!」

 筆者日本語訳
 「金正恩はなんで私のことを『old(老いぼれ)』といってinsult(侮辱)するんだ。私は彼のことを『short and fat(チビでデブ』なんて呼んでないぞ。まあ、友達になれるようにがんばってみるか。そんな日が来るかもしれないな」

 「try so hard to be~」は、「~するように努力する」とか「頑張る」という意味だろうから、「友達になれるかもしれない」と解釈するのもいいが、少なくとも「これからは友達になろうぜ」というメッセージじゃない。
 これから仲良くしようという相手に、「チビでデブ」はないだろう。
 ついこの間、「Little Rocket Man(チビのロケットマン)」と呼んでいたが、今回は「チビ」に「デブ」が加わった分だけ質が悪い。

 はなから読者をだまそうというわけではないが、新聞やニュースは、記事本文に読者を誘導しようと、あの手この手を繰り出してくるものだ。
 見出しだけで分かると豪語している人は、注意が必要だ。