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会話中に相手の名前を連呼する勘違い野郎に忠告しておく

 会話の最中に名前を連呼するんじゃないよ。

 仕事上の知り合い、つまり取引先の人ということだが、会話の最中にいちいち、こっちの名前を挟んでくるやつがいる。本人いいと思ってやってるんだろうが、うるさくてしょうがない。
 たぶん、誰にでもそうしていると思われるが、オマエが考えてるほど、相手は気分良くしてないぞ。いや、むしろ気分害してるぞ。

 「○○さん、電話出られなくて申し訳ありません」(別にいいよ)
 「○○さん、で、先ほどの案件は例のことですよね」(そうだよ)
 「○○さん、こちらの方は予定通り進んでおります」(それは良かった)
 「○○さん、では引き続きよろしくお願いします」(わかってるよ)

 あのなあ、いま誰と話してるか分かってるよな。俺もオマエのこと分かってるよ。知り合い同士が一対一で話してんの。会議室や居酒屋で大人数で会話してるんじゃないんだからさ、その「○○さん」って必要ある?

 「○○さん」連呼の理由を想像してみる。

 1.外国人の真似をしている。それがカッコイイと勘違いしている。
 「ミスター〇〇、そこで私からの提案なんだが…」って、なんか外国人がこんな言い方しそうじゃないか。かれらは、私は、あなたは、われわれは、きみたちは、といちいちうるさいからね。

 2.くだらんセミナーの三流講師にだまされた。
 安手のセミナーなんかに出て、三流講師から、「社長とか部長とか役職じゃなく、名前で呼んだ方が親近感が増しますよ」とか、くだらねえことを教わってしまった。もしくは、そういうセミナーに出てきたアホ上司からそうしろと指示された。

 どっちにしても、みっともないから連呼は止めろ。親近感より不快感を感じるからな。

 呼名ネタのついでに言っておくが、授業中生徒を指名するとき、「何番の人」とか番号で呼ぶのは、聞いてて感じ良くない。囚人じゃないんだからさ。
 生徒にも評判悪いよ。
 私は、仕事上で生徒の声をたくさん集めているが、「今日は何日だから何番」なんていうのは、「あほか!いい加減生徒の名前ぐらい覚えろよ」って、軽蔑されている。「生徒の名前覚える気ないなら、教員やめたら」とかね。

 あだ名も案外低評価。本人がそのあだ名を気に入ってるとか、気に入ってないとかじゃなく、「授業中ですから」ってことだ。オンとオフは切り替えてね、という真っ当な要望だ。

 こういうことを早くに気づいていたら、もっとまともな先生になれただろうと悔やんでいる。

パソコン使えない大臣のことをどう考えるか

 桜田さんはパソコン使わんのか。
 桜田義孝国務大臣。五輪担当兼サイバーセキュリティ担当。
 1949年(昭和24年)生まれというから私より2歳年上だ。まあこの世代だったら、そういう人がいても不思議ではないが、サイバーセキュリティ担当大臣というのは、ほとんどギャグだな。

 先月だったか、日立製作所会長の中西宏明氏が経団連会長に就任し、執務室にパソコンが設置されたと話題になった。
 えっ、今まで無かったのかよ。
 
 もっとも、こういう方たちは自分で何でもやる必要はない。周りには有能なスタッフが揃っているからね。パソコンやスマホができなくても、車の運転ができなくても、ぜーんぜん問題ない。
 エライ人の役割は、有能な部下やスタッフを使いこなすことだ。

 そこへ行くと、私なんぞはしがない個人事業主で、代わりにメール打ってくれる人も、車を運転してくれる人も、コピーとってくれる人も、誰もいないから、全部自分でやらなくてはいけない。上達するわけだよ。

 桜田大臣のことを、今どきパソコンも出来ないのかよとバカにする人もいると思うが、見方を変えれば、パソコンもできないのに大臣になれた人ということだからね。これも立派なことだよ。
 と、これはまあ、半分皮肉で言っているわけだが、この視点も忘れてはいけない。

 今でもパソコン打てない、メール使えない、フェースブックもツイッターもラインもやらないという人は大勢いるでしょ。
 情報リテラシーというかコンピュータリテラシーの高い人(自分でそう思っている人)から見れば、何と時代遅れなとなるだろうが、自分たちも所詮は、誰かが開発し製造した便利な道具を使っているだけだということに気づかなくちゃいけない。
 真っ先にAIに仕事を奪われるのは、むしろ、そういう人たちなんじゃないの?

 いま学校では、パソコンやタブレットの使い方を盛んに教えている。
 社会に出てから使えるかもしれない技術だから、それはいいでしょう。でも、それが能力かというと、ちょっと違うような気がするな。

 パソコンやタブレットが使えなくても大臣や社長になれる人、あるいは別の形で社会貢献できる人というのはいるもので、そういう人になるには、別の能力を身につけ鍛えて行かなければならない。
 流行りのICT教育に踊らされてばかりではいかんぞということだ。

なぜ毎日スーツにネクタイだったかの疑問に、35年ぶりに答える

 先生はなぜ毎日スーツにネクタイだったのですか?
 って、何だよ、35年も経って今さらかよ、なぜ高校生のとき聞かなかった。

 はい、これは土曜日のクラス会でのお話。

 では、そのお答え。
 理由1
 教員になる前、会社勤めをしていたのでそれが当たり前の服装だった。
 理由2
 当然、私服よりもスーツ・ワイシャツ・ネクタイの方をたくさん持っていた。
 理由3
 生徒の制服と一緒で、毎朝何を着て行くか悩まないでいい。

 なんだ、そんなことか。
 いやいや、その程度では10数年に及ぶ教員生活で、ただの一度もノーネクタイで教壇に立ったことはないという偉業(?)は達成できませんよ。(ちなみに、クールビズが広まったのは最近の話)

 先生は自分が出来ないことや、やったことのないことを生徒に要求することがある。
 これは部活の指導などを考えてみれば分かりやすい。生徒だって、「そんなに言うなら、先生やってみろよ」とは言わない。そんなんじゃ上手くも強くもなれないことは生徒だってよく分かっている。

 しかし、自分でも出来るのに、またやるべきなのに、それをやらずに生徒だけに要求していいのか。まあ、先生なんだからそれでいいという答えもあるだろうが、若き日の私が出した答えは、まずは己が実践すること。生徒の服装を注意するなら、自分がお手本見せなきゃ。というわけで、これが「理由4」である。

 私は決して優等生や模範生ではないけれど、教員時代はかなりストイックな生活をしていたと思う。もちろん若いころだから、かなりいい加減な部分もあったし、羽目をはずすこともあった。ルール違反も数知れず。
 だが、基本的にはストイック。

 それに気づいたのは教員を辞めてサラリーマンになったときだ。
 何なのだ、この自由、突き抜けるような解放感は。
 そうか、これからは無理して見本になったり、お手本示さなくていいんだ。ストイックな生活とおさらばだ。自由に生きられるんだ。
 現職の教員の皆さんも、たぶん定年退職されたら、これに似た感覚を味わうことになるだろう。
 
 これから勉強を教えるのはAIが代替する時代になるだろうが、はたしてクラス会にAIを呼ぼうって話になるだろうか。呼んだら笑えるけど。
 先生には勉強を教えるという機能があるんだが、それ以前に存在そのものが先生なんだ。厳しさと優しさと、真面目さと間抜けさと、全部ひっくるめて先生。さあAI、どっからでもかかってこい。

 以上、35年ぶりのお答えでした。

かつての教え子と35年ぶり再会(の予定)

 今日はかつての教え子からクラス会に誘われている。
 教え子と言っても私の場合、みんな50代に入っている。今日の子たちも53歳になるのかな。子供も成人して、中には孫がいるなんて子もいるかもしれない。何しろ高校卒業して35年だから。

 当時私は20代から30代前半だった。
 10代の若者から見れば立派な大人だったかもしれないが、今の私から見ればガキみたいなもんだ。
 そんな若僧が偉そうに説教垂れてたんだからね。穴があったら入りたいとはこのことだ。

 みんな。あの頃はずいぶん適当なこと言っちゃったな、間違ったことしちゃったな。ゴメン、許せ。

 でも、こうも思う。
 経験と情熱。

 あの頃は経験に乏しかったが情熱に溢れていた。
 何事にも本気。だから、それが迷惑だったんだよというのが生徒側の言い分だろうが、文字通り寝食を忘れて仕事にまい進したからね。

 あれから40年。
 経験は豊富だよ。今だったら、もっと上手く指導できる。教えられる。
 でも、残念だがあの頃の、ほとばしる情熱がない。

 若手。
 「テメエ、何回言ったら分かるんだ、バカ」
 ベテラン。
 「まあ、そのうち分かる時が来る」

 さてそこで、かつての教え子の皆さんに質問です。
 「情熱>経験」の未熟な私に習うのと、「経験>情熱」であるベテランの私に習うのとでは、どっちが良かったですか?

 って言われても、選びようがなかったわけだし、あくまでも仮定の話なんで答えようがないと思うけど、確実に言えるのは、私と皆さんとでは14歳しか違わなかったわけで、これがもし30歳も40歳も離れていたら、私はすでにこの世にはなく、今日の再会は果たせなかったということだ。
 先生が若かったというのは、ちょっとはいいことあるんじゃないの。

 以上。幹事さんから冒頭、一言述べよと言われているので予習しておいた。

教育業界で生きるなら先生へのリスペクトがないとね

 教員免許持ってるからって、偉そうに教育論語るんじゃないよ。資格なんて持ってるだけじゃだめで、実務経験がなきゃ意味ないよ。
 時間講師をちょっとやったぐらいで、「今の学校は」とか語っちゃうやつも勘弁してくれよ。指先でちょっと味見したレベルだろうよ。

 で、この理屈で行くと、私は校長や教頭として学校経営をしたこともないし、塾長として塾経営に携わったこともないのに、ああだこうだと言っているので、経験者からすれば「勘弁してくれよ」になるわけだが、少なくとも経験者じゃないと分からないことも多いんだろうなということは意識している。最低の礼儀だね。

 普通の教員ということだったら、10数年の経験があって、担任も分掌も、行事も部活も、教員一通りのことはやっているから大体は分かるが、それも四半世紀前のことだからね。「今はそうじゃないんですよ」ってことが多い。
 私がせっせと学校に行って、授業や部活や行事を見ようとしているのは、そういうことなんだ。

 で、なぜいきなりこんな話かというと、今日たまたま、ずっと会っていなかった知り合いから電話があったわけ。
 その人は、私と同じようなポジション、というか仕事をしていて、教育や入試について書いたり喋ったりしていて、業界ではまあまあ売れている。知名度は私なんかよりずっと上なのは間違いない。

 でも、話がズレてるんだな。いや、こっちがズレてるからそう見えるのかとも思ったが、やっぱりそうじゃない。
 現場を見ていない。
 私は曲がりなりにも現場を見ているから、そのことがすぐ分かる。学校を語るんだったら、先生だけじゃなく生徒も見なさいよ。偏差値とか進学率だけじゃなく、生身の生徒を、ね。

 数字や統計から入試を分析したり、学校を評価するのは構わないですよ。そういう仕事も必要だから。私も、そういう人たちにお世話になっているわけだし。でもね、見てもいないのに、あの学校の先生はとか生徒はとか、どうしてそこまで語れちゃうの。
 自分で思うのは勝手だけど、無責任に言いふらすなよ。

 私が教育界の片隅で辛うじて生き永らえさせてもらっているのは誰のおかげ?
 もちろん、学校や塾の先生方のおかげでしょう。
 だったら、批判も結構だけど、根っこのところに先生方へのリスペクトがないと。
 ということを、知り合いのおバカのおかげで改めて反省できた一日であった。
プロフィール

梅野弘之

Author:梅野弘之
受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

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