無能なやつの整理好き

 今日は官公庁や企業の「御用納め(ごようおさめ)」。
 学校で言えば終業式みたいなもんだよ。通信簿は出ないけど。
 というわけで、大人たちも明日から冬休みだ。
 
「おいおい、朝からなに頑張ってるんだ」
志村「たまった書類とか名刺とかあるから整理しようと思って…」
「ああ、それダメ。やらんでいい」
志村「なぜですか。きれになったほうがいいじゃないですか」
「あのな、『無能なやつの整理好き』って言葉知ってるか」
志村「聞いたことないですけど」
「そうだろう。私がいま考えた言葉だ」

 中高生でもいるだろう。「さあ勉強しよう」、「が、その前に」というわけで机や部屋の掃除を始めちゃうやつ。まあ、たいていはその日一日は掃除で終わって、明日になったら「さあ勉強しよう」の気持ちはどこかに吹っ飛んでる。

 本当に勉強できるやつになりたかったら、掃除なんか放り投げて、いますぐ問題解けよ。掃除なんて後回しでいいんだよ。

「どうしても身の回りを小ざっぱりさせたかったら、一日に一個ずつ何かを捨てろ」
志村「捨てる?」
「机の周りは、とりあえず捨てずに取っておいたものばかりだ。つまり、捨てることを先送りしてきたものだから、バサッと捨てて何の問題もない」
志村「後で困りませんか」
「そういうこともある」
志村「まずいじゃないですか」

 要するに、捨ててしまって困るか、取っておいて書類の山に囲まれて結局必要なものを必要なときに取り出せなくなって困るか。そのどっちかの選択っていうことだ。
 机の周りを小ざっぱりさせたかったら、捨ててしまって後でちょっと困ることぐらいは我慢することだ。

他人のコメント聞く前に、自分の頭で考えろよ

 わが社の志村くんは、米大統領選の行方が気になるらしく、朝からネットにかじりついていた。

 「後で結果だけ知ればいいと思うがな」
 志村「気にならないんですか」
 「全然」

 まあ、他国の大統領だしな。
 たしかにどっちがなるかで日本や世界の政治経済にさまざまな影響は出るんだろうが、だからと言って、開票速報まで見る必要がどこにあるんだ。

 「そもそも、あんたは世界を相手にビジネスやってんのか」
 志村「そこまでは…」
 「だよな。世界どころか日本も相手にしてない。埼玉のド田舎で細々と仕事してる俺たちに、ヒラリーもトランプも関係ねえ」
 志村「いや、そんなことはないと思いますよ」
 「そうか。だったら、トランプ大統領誕生が、明日からの仕事にどう影響するか。自分の頭で考えてみろ」

 テレビや新聞やネットは、自分の頭で考えることの妨げになる。
 だから私は、そういうのをできるだけ見ないようにしている。
 いや、全然見ないわけじゃない。まず自分なりに考えてみて結論を出す。見るのはそれからだ。

 問題集なんかをやっていても、すぐに答えを見ちゃう奴がいる。それも一つのやり方であることは認めるが、まずは苦しみぬいて途中まででも自力で解いてみる。その悩んで、考えてという過程(プロセス)の中で脳みそが鍛えられる。学問的にどうなのかは説明できないが、私はそう信じている。

 たぶんテレビを見れば、「なぜトランプが勝ったか」、「トランプ大統領の誕生で日米関係はどうなるか」なんてことを、評論家やコメンテーターがしゃべりまくっているんだろうが、ほとんど聞く価値がない。少なくとも急いで聞く必要はない。

 自分の頭で考えてみるのが先だ。

自分の責任を軽くしようとする悪い癖

 テスト会社をやっていると、毎回いろんなトラブルに見舞われる。
 原因を作っているのは、ほとんどがこちらなので、責任者である私は、年中謝り通しだ。

志村クン「受験票が届いてないそうです」
「どうせまた住所の入力ミスったんだろう」
志村クン「いえ。調べたら間違っていませんでした。郵便局の問題だと思います」
「あのな。大事なのは、届いていないという事実なんだよ。誰の責任かなんてことは後でゆっくり考えりゃいいんだよ」

 サラリーマンの悪い癖だね。何かあるとすぐに自分の責任を軽くしようとする。
 お客さんは、誰の責任かなんて問題にしてないんだよ。そうじゃなくて、「試験が迫ってるのに受験票が届かなくて困ってます。不安です」。そういう話なんだよ。

「いますぐ再発行だ。何なら速達で送ってもいいぞ」
志村クン「遅れて届くこともあるんじゃないですか。2枚届いちゃうかもしれません」
「だったら、どっちか好きな方を持ってきてもらえばいいだろう。おっ、住所結構近いな。帰りがけに郵便受けに入れてこい」

 さて。
 今日はなぜこの話かというと、この件に関するお問い合わせがあって(クレームではない)、改めて、お客様への対応とはどうあるべきかを考えさせられたからだ。

 ミスがあった。それをお客様から指摘された。
 でも、この段階でお客様は、お怒りではない。どうしたらいいですか。どのように対処してくれますかと尋ねているのだ。
 しかし、ミスをしてしまったという後ろめたさからか、言い訳を始める。責任を他に転嫁しようとする。
 さあ、そうなると、そんな話じゃないよとお客様の怒りに火がつく。当然だ。私だって逆の立場だったら怒りまくる。

 すべての責任はこちら側にある。本当はそうじゃないかもしれないが、とりあえずそのように受け止める。そのうえで、早急に解決策を考え実行する。検証はその後だ。

 今日の電話で、そういう商売の原点を考え直すことができたので、どこのどなたか分からないが、私はとてもいい機会をもらったと思い感謝している。

スケジュール化してこそ決心である

 決心したことを実現したければ、スケジュール化せよという話である。

「例の件、全然進んでないよな。やる気無しか」
志村「いや、考えてますけど…」
「あっ、そう。じゃあ、いつやるの」
志村「いや、それはまだ決めてませんけど…」
「そういうのをやる気無しって言うんだよ」
志村「いや、そんなことありませんけど…」

 どうでもいいけど、話の始まりがいつも「いや」で、終わりが「けど…」なのはどういうわけだ。

 ビジネスの世界では、2つの要素が加わっていないと、「決心した」とか「やる気があります」と言ってはいけないのだよ。
 2つの要素とは、一つは「いつ」、つまり時間。もう一つは「いくら」、つまり金(かね)。

 別に、何でもかんでもすぐにやれとは言わないが、来月であれ、来週であれ、明日であれ、そのことが手帳に予定として記されていなければ、結局やらずじまいになる。そういうものなのだ。

 「よし、やろう」。
 これで決心したつもりになっているかもしれないが、本当の意味で決心にはなっていない。スケジュール化してこそ決心である。

 長く人生を生きてきて、「できたらいいな」が実現したためしはない。やるぞと心に決め、スケジュール化して行動しても、それでもうまく行かないことがほとんどだ。
 いつやるか。いつまでにやるか。それを決めなければ、単なる願望のままで終わるだろう。

名刺を整理しているヒマ人

 名刺の管理なんて、よほどの暇人か馬鹿のやることだ。
 私も教員時代は、名刺がたまって困るというほどのことはなかったが、商売をやるようになってからは、たまるたまる。あっという間に数百枚。
 さあ、どうする。

「おーい、忙しそうに何やってるんだ」
志村「ちょっと名刺を整理しようと思って…」
「馬鹿な真似はやめろ。そういうのは使えない営業マンの典型だ」
志村「でも、整理しておかないと使えませんから」

 こいつが長年、売れない営業マンをやっている理由が分かるな。整理して分類して、それで何かを成し遂げた気分に浸っている。

「いいか。すべての名刺はいずれ不要になるんだ。もしかして、もらった名刺はいつまでも必要なもんだと勘違いしてないか?」
志村「えっ、必要じゃないんですか」
「二つの理由で、名刺というのは不要になる運命なのだ」

 名刺交換をした人のうち1割とは、それをきっかけに交流が生まれる。電話をかけあったりメール交換をしたり。
 そうすると、もう名刺は不要になる。

 9割の人とは、その場で挨拶を交わしただけで、特にご縁が生まれない。つまり、その名刺はただの紙くずとなり不要。

 ということで、どちらにしても不要になるものを、せっせとパソコン入力するのは、時間の無駄。紙くずをコレクションしてどうする。

志村「たまには、ずっと前に会ったあの人と連絡を取りたいという場面もあるんじゃないですか」
「だったら、会った場面ごと、期間ごとにまとめて1枚のコピーにしておけばいい。いちいち入力しないから、これならすぐに終わるだろう」

 出来ないヤツは、無駄な作業に時間を費やして、何かをやった気分になっているんだよな。
 そう言えば、せっせとノートを整理するのも無駄だな。頭の中に完全に記憶してしまえば不要になるんだからな。