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講演に先立ち、校長先生から講師の後川先生のご紹介があります

 それでは只今より一斉総合の授業として、前文部科学省事務次官である後川(うしろかわ)先生にご講演をいただきたいと思います。
 ご講演に先立って、校長先生から、後川先生のご紹介があります。


 後川先生は大変有名な方なので、中学生である皆さんでもある程度は知っていると思いますが、ここで改めてご紹介したいと思います。
 後川先生は、大会社の社長の家に生まれ、何不自由ない少年時代を過ごし、学校は超難関の私立中高一貫校から東京大学法学部に進まれました。私たちとは生まれも育ちも、頭の程度も比べ物にならないということです。

 大学卒業後は文部省、現在の文部科学省に入りました。私の上には市や県の教育委員会があって、その上にあるのが文部科学省で、その中でトップである事務次官まで務められた後川先生は、私から見たら雲の上の存在です。1,2年前だったら、口をきくことも、会うこともできなかったでしょう。
 では、そんな後川先生が今なぜ、私や皆さんの前にいらっしゃるのでしょう。

 それは、あることが原因で文部科学省をクビになってしまったからです。正式にはクビではないのですが、ほとんど同じです。
 あることというのは、「天下りあっせん問題」なのですが、まだ皆さんには理解できないと思うので説明は省きますが、要するに規則に違反したので、その責任を取らされたのです。
 後川先生は、これに大変不満を持っています。自分をクビにした政府に恨みを持っています。ですから、全国各地で政府の悪口を言い回り、その恨みを晴らそうとしているわけです。この執念は見習わなくてはなりません。

 後川先生を有名にしたもう一つに、出会い系バー通いというのがあります。テレビを見て貧乏女子に興味を持ちました。仕事熱心な後川先生は、その実態を自ら調べようと頻繁に出会い系バーに通うようになりました。なぜ出会い系バーなのかは、経験のない私にはよく分かりませんが、「貧乏」と同時に「女子」に興味があったんだと思います。

 最後にもう一つ。
 後川先生が大事にしている言葉に「面従腹背(めんじゅうふくはい)」があります。人の言うことに対し、表面だけ従うような素振りをして、実際には背くことを言います。皆さんは、ご両親や先生たちにいろいろと指示され、ああだこうだと命令されることも多いと思いますが、いちいち従っていたら、思い通りの生活ができません。と言って、あからさまに反抗すれば内申にも響きます。ですから、表向きだけは素直に従うという業(わざ)を身につけなければなりません。「面従腹背」を座右の銘としながら、官僚のトップまで出世した後川先生のお話をしっかり聞いて、これからの皆さんの生活に役立ててもらいたいと思います。

 では後川先生、ご講演よろしくお願いします。

スピーチ上手がうらやましい

 テーブルスピーチは難しい。

 今日、姪っ子の結婚式があった。最近の結婚式は私たちの時代に比べてスピーチは少ない。その分、映像を多用した演出があって大変面白い。
 しかし、スピーチのまったくない式というのもなく、私なども時々頼まれることがある。今日は身内の式なので、その心配はなく気楽だが、事前にスピーチや挨拶を頼まれていると、役目が終わるまでは食事も喉を通らない。というほどでもないが、どうも落ち着かない。

 私にとって、人前で喋ることは仕事の一部であるから、目の前に大勢人がいるからといって、それで上がってしまうということはない。それでは商売にならないのだ。ただ、その場合は60分とか90分とか時間が長い。
 それに対し、テーブルスピーチは「3分間スピーチ」という言葉があるように時間が短い。

 長く喋れるのだから、短いのは楽だろうと言われるが、それは違う。マラソンランナーが100m競走を走るようなもの。またその反対に短距離ランナーが長距離を走るようなもの。つまり、長い講演と短いスピーチはジャンルが違うのだ。私は長距離専門なので、瞬発力が求められる短距離は苦手だ。

 苦手な短距離を走らなければならないときはどうするか。
 10分と頼まれたら5分、5分ならば3分と、指定された時間より短く喋ろうと心がける。長く喋るのが平気なものだから、強く意識しないと、ダラダラ延びてしまい中途半端なスピーチになってしまう。

 あれも言おう、これも言おうと欲張ると時間内に収まらないので、とにかく話題を一つにしぼる。
 これも心がけていることだ。

 昔、スピーチの名手にコツを聞いたことがある。
 「ドッと笑いをとったら、すぐに終わりにしなさい。調子に乗ってもう一つと欲張らないことです。拍手をもらったときも同じです。笑いや拍手はなくても、場が和んだり、みんながなるほどとうなづいたと思ったら、すぐに終わりにしなさい」

 ほかにもいろんなテクニックを教わったが、一番印象に残っているのがこのことだ。
 以来、短く短くを心がけているのだが、なかなかうまく行かない。
 スピーチ上手がうらやましい。

最後のホームルーム

 卒業式を終えて、最後のホームルーム

 卒業式は、まあまあ良かったんじゃないか。受けもしない演技をするやつもいなかったしな。
 さてと、これが最後のホームルームだから、ひとこと言っておこう。まあ、贈る言葉っていうやつだ。何を言ったってどうせすぐ忘れるに決まってるが、それでも懲りずに言い続けるのが教員だ。

 「二度と学校に来るんじゃない」
 言いたいのはこのひとことだ。
 
 明日からこの学校は「うちらの学校」じゃないぞ。この教室も、今座っている机やイスも、今日を最後にお前たちのものじゃなくなるんだ。下級生や、もうすぐ入って来る新入生のものになる。
 だからもう、戻ってくる場所はないんだよ。ここはお前たちの居場所じゃなくなるんだ。

 冷たい? 悲しい? 薄情?
 いや、学校っていうのはそういうところなんだよ。だから新しい居場所を早く見つけることだ。「あの頃がなつかしい」とか「もう一度戻りたい」とか、いつまでも年寄りみたいなこと言ってる場合じゃない。

 それと、もう一つ。
 最初に一つと言っておきながら、もう一つ、あと一つとダラダラ続けるのが教員の悪い癖だが、安心しろ。明日はないから。

 「私のことは忘れろ」
 私もみんなのことは忘れる。

 だってそうだろう。次の後輩たちが待ってるんだよ。私はそっちを面倒みなきゃいけない。出てった連中のことを考えてる暇なんてないんだよ。
 私の役割は終わった。どうしても先生が必要だって言うなら、大学や次の学校で探してくれ。

 私は、海に浮かぶブイだ。道端に佇む道標だ。進む方向が分からないときは結構頼りになるが、そこを通り過ぎてしまえば、もう用はない。存在すら忘れられていい。

 振り返るな。後戻りするな。前だけを見て進め。

 とか言いながら、目はお前たちの背中を追い続けそうだからさ。早く遠くまで行ってくれ。見えなくなるくらい、ずっとずっと先まで。
 以上、ホームルーム終了!

こんな成人式式辞でどうだ

 成人式式辞。

 皆さん、成人式おめでとうございます。
 先ほど、一部のおバカな連中が式を妨害し、警察のお世話になりました。
 見た目は大人ですが、おつむの中身は幼稚園児か小学生並みで、かれらにはまだ、成人式は早すぎたようです。いや、おそらくかれらは、精神的な意味では一生涯、成人となることはないでしょう。

 かれらの中には、いずれまっとうな生活に戻り、少なくとも他人様(ひとさま)に迷惑をかけない程度の人間になる者もいるかもしれませんが、あまり期待できません。たいていは社会のお荷物になります。
 しかし、かれらも、れっきとした日本人ですから、この国で人並みに生きて行く権利は保証されています。つまり、一定数のおバカも含めてこの国は成り立っているのです。

 要はバランスの問題です。
 車と荷物の関係にたとえれば分かると思います。
 少しくらい荷物が重くたって、エンジンの馬力さえがあれば、車は前に進んで行けるのです。パワーのある人間と、しっかりとしたハンドルさばきができる人間さえいれば、荷物の重さは大して問題にはならないのです。

 成人式は、荷物とエンジンを見きわめる日です。
 見たところ、数十人のお荷物がいたようですが、心配ありません。なぜなら、私の目の前にはエンジンとなるべき、数百人の若者がいるからです。心強く思います。

 皆さんがこれから先、いろいろな場所で、世の中を動かすエンジンの役割を果たしてくれれば、この国は前に進めます。たとえ、お荷物があったとしても、です。

 皆さんが待ち望んでいた、せっかくの晴れの日を、こともあろうに皆さんの同世代がぶち壊しにしようとしたのは、実に残念だし、悔しいことですが、これが世の中というものです。皆さんのお父さんやお母さんも、ただ自分一人が生きるだけではなく、幼かった皆さんの分まで働き、年老いたおじいさんやおばあさんの分まで働き、おまけに役立たずのお荷物の分まで働き、その結果今日この場に皆さんを送り出してくれたのです。有り難いことです。

 さあ、今度は皆さんの番です。ちょっとばかりお荷物はありますが、なに、みんなで力を合わせれば、どうということはありません。健闘を祈ります。


喪主のご挨拶って難しい

 昨日は母の告別式。出棺の前に、喪主である私には、ご会葬の皆様方に謝辞を述べるという役割があった。

 何を言ったかな?
 たぶん、しばらくすると忘れてしまう。
 実際、15年前の父の時に何を言ったか覚えていない。
 そこで、記憶が新しいうちに書き起こしておくことにした。

●謝辞(喪主挨拶)
 「皆様におかれましてはご多用の折、また連日の猛暑の中、加えて本日は早朝より亡き母の葬儀にご参列下さいまして有難うございました。

 8月6日夜、90歳で永眠いたしました。
 大往生であったと思っています。

 大往生には立派な死に方という意味がありますが、もう一つ、少しも苦しむことなく安らかに死ぬという意味があると聞いています。
 特に持病はなく、長期の入院という経験もありませんでした。晩年は、直近の記憶がややあいまいになることはありましたが、身の回りのことはすべて自分自身でやっておりました。
 ですから当日も、いつものように夕食をとり、就寝前に歯を磨き、顔を洗っておりましたが、その際に発作に襲われたものです。直接の死因は、急性大動脈解離ということでした。一瞬のことだったと思われます。
 日頃から、「周りに迷惑がかからないように、さっと死にたい」と申しておりましたが、正に願い通りの最期となりました。
 その意味で大往生でありました。

 大正末に生まれ、昭和をまるまる生き、平成の今日に至った90年の生涯は、はたして幸せな人生だったのか、悔いのない人生だったのか。それは本人のみぞ知るところでありますが、何事にも前向きで、逆境にも弱音を吐かず、常に明るく生きてきた母でありますから、おそらく「楽しい人生」だったと思っているに違いありません。
 ここに生前賜りましたご厚情に深く感謝し、ご挨拶とさせていただきます。」

 だいたいこんなところだったかな。

 講演会なんかだと、一発受け狙いのギャグを飛ばしたりするんだが、状況が状況だから、そういうわけにもいかない。人前で喋るのは慣れているといっても、こういう場面でのあいさつは難しいね。
 まあ、この先はないから、いいか。
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梅野弘之

Author:梅野弘之
受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

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