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ハロウィンで渋谷に集まるおバカさんを見て思うこと

 ほぼ雑談です。

 あれから1週間。もうハロウィンのバカ騒ぎを報道したり、論評したりする人はいなくなった。
 そう、あれはネタだったんですよ。
 ネットで騒いで、テレビでひとしきり取り上げて、はい終了。で、次のネタは?って感じ。
 たぶん、来年もまたやるよ。

 あれは、渋谷という限定された地域に集まったごく一部の若者のバカ騒ぎをネットやマスコミが大きく見せただけ。
 新宿や池袋でも同じようなことが起こって、地方都市でも起こってということになると、大問題だが、渋谷だけだから。
 つまり、おバカさんの数は、渋谷に集結できる程度ってこと。

 渋谷は集合しやすいよね。
 池袋だと西口と東口は全然違う街だし、新宿も東口、西口、南口と分かれてる。渋谷も出口は結構あるけど、普通渋谷に集合って言ったらハチ公なわけだし。
 それに、渋谷って言うぐらいだから谷底で自然に集まっちゃう。

 話が横道にそれたが、それたついでに昔話をすると、教員辞めてサラリーマン生活に入ったとき、会社の最寄り駅がJRだと渋谷だったわけ。駅構内が迷路みたいでね。慣れるのに時間がかかった。それと人混みに慣れてないので、よく人とぶつかった。いかに田舎者だったかを思い知ったよ。

 で、話は戻るが、渋谷のおバカさんのことは、今のところ全然心配していない。
 どうしたって数パーセントはああいう連中が出現してしまう。
 これが数10パーセントとなると心配だが、たぶんそうはならない。

 私が先生だったら、数パーセントのおバカさんの出現は仕方ないことだと諦める。
 大した騒動でもないのに、視聴率欲しさにけしかけるマスコミも困ったものだが、かれらも仕事でやってるんだから大目に見よう。

 だから、そういうのは放っておく。
 それより、ああいう場面で事故が起きたり怪我人が出たりしないように警備する警察官とか、ゴミ回収問題を真剣に考える区役所の職員とか、そういう人間を育てればいい。それで世の中は安泰だ。

 ちょっとリアルな話になるが、どこの学校にだって、あんまり役に立たないお荷物みたいな教員いるでしょ。
 でも、多少のお荷物があったって、エンジンのパワーが大きければ、全然問題にならない。つまり、やる気があって能力が高い先生が大勢いれば、重荷にならない。それと優秀なドライバー。これは管理職かな。
 荷物を降ろして楽になりたいという気持ちも分からないではないが、エンジンのパワーを増大させる方が長い目でみれば学校のためなんじゃないですか、ということをいつも偉そうに言っている私である。

 

危機感を煽っても、ろくな結果が出ない

 「職員(先生方)に、危機感がないんですよ」
 そいつは愚痴かい、それとも相談してる?

 どっちにしたって、私には管理職(校長や教頭)の経験はないから、お気の毒にとか、めげずに頑張ってね、と言うしかない。

 校長や教頭は危機感がバネになるのかもしれないが、普通の先生にとって危機感はやる気の原動力にならない。そう考えたほうがいいのではないか。
 これは塾でも同じ。社員や講師の先生が塾の現状に危機感持ったら、辞めるだけでしょう。
 
 子供たちも一緒。「このままじゃ落ちるぞ!」で頑張れる子もいるが、「じゃあ志望校下げるわ」で終わってしまう子の方が多そうだ。

 ということで、部下や生徒に危機感を煽ることによって、やる気を引き出そうという考えをいったん捨てましょう。いや、永久に捨てる必要はないですよ。時々ドカーンとショックを与えるのが有効な場合もたぶんあるから。一つの手段として保有しておきましょう。

 危機感というのは、今のままでは危ないぞという不安なのだが、このまま行ったらどういう結果が待っているかを想像できなければそもそも危機感など持てない。だから、そのことをイメージしやすいように話してきかせるが、所詮は空想の世界だ。
 やはりある程度の知識と経験を持っていないとリアルに想像することはできないので、一般社員や一般教員や子供には効き目はない。

 もちろん、命令してないのに本人が「このままではまずい」と思っちゃうのはいいですよ。というか、真の危機感ってそれだから。

 どうやって危機感を持たせるかを考える暇があったら、仕事や勉強に対し、真剣に、前向きに、かつ楽しく向き合えるような制度や仕組みや仕掛けを考えたほうがいい。
 「真剣に」や「前向きに」は分かるが、危機を目の前にして「楽しく」はないでしょうとなりそうだが、そういう状況だからこそ「楽しく」、もしかしたら「面白く」が重要なんじゃないですか。要は良い方向に結果が出ればいわけだから。

 言葉や精神論ではなく、制度・仕組み・仕掛けで解決しましょう。私に愚痴だか相談だかしている皆さん、今度会ったらそういう話をしましょうね。

教員の意識改革求めるなら、校長自身が変わらないと

 当ブログの読者には公立の管理職の方もいる模様である。
 今日は、主としてその方たちを想定して書きますよ。

 皆さんからよく聞く言葉。
 「教員の意識改革が必要だ」。
 私はそれを聞いて心の中で言っている。
 「お前もな」。

 自分の意識だってそう簡単には変えられないのに、他人の意識が変えられるか。
 「無理に決まってんだろう」。
 ただ、自分の意識を変えれば、他人が今までとは違って見えるかもしれない。
 「あいつ、ああ見えて結構考えてるんだ」。

 意識なんて心の中の問題なんだから、自分で変えようと思えば変えられるんじゃないか。
 「いや、意思では変えられませんよ」。

 たとえば、生きるか死ぬかの体験をしたら変わるかもしれない。大病を患ったら変わるかもしれない。ただ、そんなことは滅多にないし、あってほしくない。

 よく立場が人を変えると言う。
 「あなたの今の意識は、立場がそうさせたんですよ。意識が変わったから校長・教頭になれたんじゃなく、校長・教頭になったから意識が変わったんじゃないですか?」。
 私は校長にも教頭にもなったことはないが、想像すればそういうことだ。

 問題を問題だと認識してないやつに問題だと気づかせてやるには、問題に直面させてやるしかないでしょう。そうすりゃ、よほどのバカじゃない限り気づくはず。バカじゃ教員になれないから、要するに誰でも気づくということ。

 実際にその仕事につけてやる。責任ある立場に置いてやる。意識改革には、そのような人事的な、あるいは組織論的なアプローチのほうが有効ではないかと考えるわけである。

 下向きのコップという話がある。
 あいつはダメだ。使いもんにならん。これが下向きのコップ状態。これじゃ、一滴の水も入ってこない。
 そこで、とりあえずコップを上向きにして待つ。そうすると、ジャバジャバというわけにはいかないが、チョロチョロぐらいには入ってくるかもしれない。
 あの野郎、意識が低い、問題意識がなさすぎと言う前に、管理職はコップを上向きにして待ったら、という話である。

災害のときは「空振り三振」を恐れない対応が良

 「空振り三振」はいいが、「見逃し三振」はいけない。
 野球の話ではなく、災害時の会社や学校などの対応について言われていることだね。

 台風の接近や大雪の予報で、早めに中止・延期・休校など決めてしまったが、結果は「なんだ、できたじゃない。そこまでする必要なかった」。これが「空振り三振」。
 ぎりぎりまで様子を見て、決断のときを逸し、事故や混乱を招いてしまった。これは「見逃し三振」が招いた結果。

 最近は世の中が「空振り三振」を容認するようになってきたと思うが、どうだろう。
 29・30日の台風24号接近・上陸の際も、JR等が比較的早い段階で運休を決めた。計画運休と呼ぶらしい。

 昔は、最後の最後まで粘って運行させるのが交通機関の使命みたいに思われており、JRも私鉄もバスも、それに応えていたが、今回はあっさりと「危ないので、休みます」。
 
 われわれは日本列島に住むかぎり自然災害から逃れられない。
 地震は今のところ何日も前から予測することはできないが、台風とか大雨・大雪はかなりの精度で予測できる。
 自然災害が多いのに、死者やけが人がそれほど出ない国。そういう国を目指すには、治山治水といったハード面が重要なのは当然だが、考え方や行動の仕方といったソフト面を変えて行くことで被害を最小限に食い止めることができそうだ。

 そういう意味で、今回の計画運休は良かったと思う。
 今回はたまたま土日に重なったので、学校や会社も判断に迷う場面は少なかったと思われるが、平日でも電車が早めに「動かしません」と決めてくれれば、「じゃあ、休みにするか」と決めやすい。

 以前も書いたことだが、いかなる状況でも休めない人、休んでもらっては困る職業の人はいるわけで、そういう人のためにも休める人は休んで、余計な混乱を招かないようにしましょう。そういう常識をさらに育てて行きましょうということかな。

 学校や塾の先生方。
 「あの時、無理に来させていなければ」とか、「もうちょっと早めに帰しておけば」と一生後悔するよりも、「なんだよ、出来たじゃねえか」「心配し過ぎなんだよ」と罵られるほうが断然いいと思いませんか。

職員会議のルールを見直せば働き方にも変化が

 職員会議について。

 いきなり体験談だが、私の勤務した高校における職員会議のルールのことだ。ルールと言っても明文化されたものではなく、初代校長の方針である。
 校長の名前は明らかにしておこうね。宮嶋秀夫先生。1924年(大正13年)生まれだから今年で94歳。

 校長は新設から4年で県教委に異動になったが、その後も初期のメンバーがその方針を引き継いだ。

 「原案尊重」
 「審議を尽くす」 
 「採決しない」
 以上が職員会議の3原則。

 宮嶋先生は、「学校というのは官公庁や民間会社と異なりタテの命令系統だけで動くものではなく、ヨコの連携が重要」なのだと言われた。
 「職員会議は、法的には校長の補助機関(当時は諮問機関)だとしても、教科・学年・分掌から提案する形で議論される」。
 「原案は、学校全体を視野に入れながら各教科・学年・分掌で議論され、その上で職員会議に出てきたものだから尊重されなければならない」。

 というわけなので、原案はたいてい通った。

 ただし、何でも賛成で済ますわけではない。「審議を尽くす」。
 「練りに練ったつもりの原案であっても疑問や反対は出るものだ」。不十分な点もある。その場合、「原案の修正を提案者に委ねる」。つまり、みんなの意見を踏まえて再提出してもらう。
 それでほとんど通る。

 この点については、元淑徳与野高校校長の川端幹雄先生も、「実際に執行された場合の問題点は反対意見の中にある」として、反対意見に耳を傾けることの重要性を説いておられた。

 最後の「採決しない」は絶対的なものではなく、「なるべく」だったと思う。
 学校では、「よりよい教育実践のために全員の深い共通理解が不可欠である」から、簡単に採決で済ませるなという意味であり、「審議を尽くす」と一体である。

 職員会議なんて廃止しろという意見もある。
 民間で全社員会議をやっている会社なんてないぞとも言われるが、ほとんどの職員(先生)が、同じ相手(生徒)に同じような仕事(指導)をしているという学校の特殊性を考慮しなければならないだろう

 すでに多くの学校で、不文律のようなものが出来上がっているとは思うが、回数を減らす、時間を短縮するなどと並んで、「わが校の職員会議ルール」を見直すと、働き方にも変化が出てくるだろう。



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梅野弘之

Author:梅野弘之
受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

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