明治維新(読んでわかる歴史講座15)

 幕府に代わってできた新政府は、さまざまな改革を行った。それらの改革とそれにともなう社会の変化を明治維新という。

 新政府はまず、政治の基本方針として「五箇条の御誓文」(ごかじょうのごせいもん)を定めた。(1868年)
「御誓文」というのは、明治天皇(当時満15歳)が、神々に誓うという形をとったからだ。
 中身を一つだけ紹介しておこう。
「広ク会議ヲ興シ万機公論二決スベシ」=広く会議をおこし、万機公論(ばんきこうろん)に決すべし。
 政治のことは、会議を開いて、多くの人の意見を聞いて決めましょう。
 だいたいこんな意味である。

 新政府は、強力な「中央集権国家」を作ることをめざした。
「中央集権」というのは、政治の権限が中央の政府に集中することをいう。

 えっ、じゃあ江戸幕府は中央集権じゃなかったの?
 そう、そこが難しいところだ。
 江戸時代は藩という存在があった。藩を治めるのが大名だ。
 幕府は大名を厳しく統制したが、大名に領地と領民を支配する権限を与えていた。
 だから、強い中央集権国家を作るには、大名から領地を取り上げる必要があった。

 そこでまず、版籍奉(はんせきほうかん)を行った。
 領地と領民を政府に返させるということだが、大名(旧藩主)たちが割とすんなり従ったのは、かれらをそのまま藩の政治に当たらせることにしたからだ。

 次に政府は、廃藩置県(はいはんちけん)を行った。
 藩を廃止して県を置き、中央から府知事や県令(いまで言う知事)を派遣することにした。
 こうした2段階を経て、中央集権の形が整った。

 廃藩置県が行われたときは、藩をそのまま県に置き換えたので、県が300もあった。ちなみに埼玉には川越県、忍県(行田のあたり)、岩槻県、浦和県が置かれた。