生徒募集活動には「費用対効果」の考え方があっていい

 生徒募集にどれだけ時間とエネルギーを費やすべきかの続編である。

 生徒募集については、考えられるすべてをやる。そうそう、その心意気だ。
 しかし、時間には限りがあり、先生個人の能力にも限界がある。授業をやって、担任を持って、部活顧問をやってと、ただでさえ忙しいのに、それらを完ぺきにこなした上、さらに生徒募集にも全力投球なんていう離れ業は、よほどのスーパー教師でなければ不可能だ。

 そこで、「ここまで」という制限を設けていい仕事と、「ここまで」という制限を設けてはいけない仕事に分けてみようというのが前回まで話だ。

 授業とそれを支える教材研究。これには「ここまで」があってはいけない。もちろん、「中学生の知識としてはここまでで十分」といった指導内容については「ここまで」があっていいのだが、ここで言っているのは、よりよい授業の追求には終わりがないということである。 
 授業以外の生徒指導や進路指導にも「ここまで」はないほうがいいだろう。
 部活動や学校行事については、「ここまで」ができるだけ遠いところにあったほうがいいとは思うが、「ここまで」を設ける必要がありそうだ。

 さて、こうした中で生徒募集に関わる活動である。
 「ここまで」を設けずに済めばそれに越したことはないが、なにせ先生方業務多忙である。「ここまで」を設けるべきではない膨大な本務をかかえているのだから、直接には生徒と関わらない募集活動には「ここまで」を設けようではないか。そうしないと体がもたない。

 最近は、「費用対効果」とか「コストパフォーマンス」といったビジネスワードが教育界に入り込んできているが、教育にはなじまない言葉だ。「費用対効果」の考え方から出てくる結論は、「少ない学習で高得点を取る」であるから、そんなものが教育になじむはずがない。まあ、受験勉強には生きるかもしれないが…

 その点、募集活動は教育そのものではないので、「費用対効果」「コスパ」「合理化」といったビジネスにおける考え方を持ち込んでいい分野である。

 先生方は、その熱心さ故と思うが、「ここまで」を設けない教育活動における考え方を、そのまま「募集活動」に持ち込みがちである。
 たとえば、中間・期末の試験問題は、うんうん唸りながら自力で作ったほうがいいが、入試問題は外注でもいいのではないか。入試問題は学校からのメッセージであるとか、問題作成は先生の勉強になるとか言う人がいて、それも一理あるなとは思うが、そこまで言い出したら切りがない。

 募集活動における「ここまで」が「どこまで」なのかは、学校の置かれた立場にもよるので一概には言えないが、それによって本務である授業及びその準備に支障を来すようであれば本末転倒であるから、これまでのあり方を再検討してほしいと思う。