受験のわき役、国語について考える

 連休中にも関わらず、本ブログを訪問していただいた皆様に感謝します。
 旅先で見てくれている人もいるかもしれない。

 いま私は、来月発行される受験生向け新聞(「よみうり進学メディア」)の原稿を書いている。テーマは、国語の勉強について。
 もしかしたら、原稿はボツになるかもしれない。単なる物書きである私は、発行元である読売エージェンシーの「S條さん」というエライ人の命令に従わなくてはならないのだ。
 だから、ボツになったときのために、こっちに書いておこう。

 国語の勉強の仕方が分からないという受験生は多い。
 国語は何とかなると高をくくっている受験生もいる。国語はやってもやらなくても同じと言い放つものもいる。
 かわいそうな国語。仲間はずれの国語。

 主要5教科とか3教科には入れてもらっているが、主役はいつも数学と英語。
 俺たちも数学や英語なみに、もっと大事に扱ってくれよ、こっちも注目してくれよ、みんな同じ100点じゃないか、と国語は泣いている。

 よしわかった。じゃあ今日は国語を主役にしてやろう。

 まず国語に対する世間の誤解は、いつも平均点が高いことにありそうだ。
 受験界では、平均点が高い教科はバカにされるんだよ。それが言い過ぎなら軽く見られる。

 たとえば東京の都立入試でも、国語74点、数学61点、英語52点だろう(小数第二位四捨五入)。負けてるよ。理科・社会にも負けてる。
 埼玉県の公立入試でも、国語58点、数学51点、英語57点で、英語とはいい勝負だったが、やっぱり負けてる。ただ28年度は、理科が39点というとんでもない数字を出した一方、社会が64点という前代未聞の高得点を出したため、最下位(最高の平均点)はまぬがれた。

 とにかく、平均点が高いイコール「簡単」と見られるのが受験界の常で、それで、「国語はそんなに頑張らなくても出来るんじゃないの」と軽く扱われてしまうのである。

 ただ、ここで注意しなければいけないのは、平均点とはどういう数字かということだ。
 50点の人が2人で平均50点。70点の人と30点の100点の人と0点の人で平均50点。人で平均50点。
 つまり、平均点が高いということは、必ずしも差がついていないということじゃないんだね。そこを考えておかなければいけない。

 まあ少し専門的に言うと、国語の場合、50点の人が2人で平均50点というのに割と近いわけだが、とにかく、平均点だけを見て判断してはいけないということを言っておいて、今日はここまで。

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