運動会は集団行動の訓練の場だ

 立錐の余地もないとはこのことか。
 事務所近くの高砂(たかさご)小学校では、昨日から順延になった運動会が行われていた。グランドの周囲は、ビッシリと隙間なくレジャーシートが敷き詰められ、地面が見えないほど。両親、祖父母、兄弟姉妹など児童一人当たり3~4人ぐらいの観客が来ているという感じだ。

 小学校から中学校・高校と進むにつれて、子供はだんだん親から離れて行くので、行事の思い出を親子で共有できるのも小学校まで。
 今は、「子の親離れ・親の子離れ」がやや遅くなっているので、中学校あたりでも、親があれこれ関わるのかもしれないが、高校生ぐらいになると、「今日何なの?」「体育祭」「あ、そう」ってなものだから、子どもの学校行事で大騒ぎするのも今のうちだ。

 高砂小学校の練習風景を何度か見かけたが、先生たちが、児童の自主性・主体性を尊重しよう、あるいは伸ばそうとしている様子がよく分かる。むろん、小学生なりにということであるが、昔はそうじゃなかったように思う。どっちかと言うと、先生が指示・命令し、児童生徒はそれに従うのみ。

 こうした自主性・主体性を尊重する教育を否定するものではないし、私自身も生徒の成長とは、自主性・主体性を獲得することだと思って教育に携わってきたつもりだが、と言って、指示・命令に従うことを全否定したわけでもない。

 子どもたちがざわついている。先生が言う。「静かにしてください」。
 おいおい、何をお願いしてるんだ。そこは、「静かに」または「静かにしろ」だろう。どっちにしたって強い命令形を使えよ。プリーズ抜き。
 どうやら今の若い先生は、子どもたちに命令をしてはいけないと教わっているようだ。

 職員会議なんかで、戦争の話まで持ち出してきて、指示・命令は子どもたちの自主性・主体性を損なうなどと騒ぎ立てる教員がいるのかもしれないが、こういうのは迷惑だな。大人になったら、指示・命令を出したり、それに従ったりの連続だ。

 先生による先生のための運動会になっても困るが、こういう学校行事は、集団行動の訓練の場だから、「勝手な行動は許さんぞ」ということもしっかり叩き込んでやってほしい。

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