ノーベル賞受賞者はどんな教育を受けてきたか

 今年もまたノーベル賞受賞者が出た。25人目だという。全員言えるかどうか自信がなくなってきた。

 私がいつも思うのは、受賞者たちがどんな時代にどんな教育を受けたかということだ。
 今年の医学・生理学賞受賞が決まった大隅良典先生は、戦争末期の1945年生まれだ。学年で言うと、私より7学年上ということになるのかな。
 ちなみに昨年の物理学賞受賞者の梶田隆章先生は、逆に7学年下だ。

 大ざっぱに言えば、お二人とも、私らの世代と同じような教育を受けてきた人だ。
 おんなじ教育を受けてきたのに、なんでここまで差が開くのかという話は措いといて、あのころの教育は、今や批判の的になっている、知識偏重型の教育だったはずだ。

 少人数学級なんて夢のまた夢で、都市部の学校だと1教室に50人ぐらいがひしめきあっていた。
 パソコンやタブレットも、プロジェクターも電子黒板も何にもなかった。あるのは黒板とチョークと先生のトークだけ。

 でも、ICT教育もアクティブラーニングも何もなかった時代に教育を受けた人が、ちゃんと世界的な評価を受けている。
 もちろん、ノーベル賞受賞者が出たから、昔の教育が正しかったなどと言うつもりはないが、教育の本質とは何かをもう一度考え直してみる必要はあると思う。

 戦前の教育、あるいは戦後一時期までの教育は全否定されるべきなのか。
 「そのやり方はもう古い、これからはこうだ」と安易に新しいものに飛びつくだけでいいのか。
 「不易と流行」という言葉があるが、「流行」ばかりを追って、「不易」の部分をないがしろにすると、何十年か先に大きなツケを払うことになるかもしれない。

 学校説明会に行くと、これでもかと耳慣れない横文字を目にし耳にするが、正直なところ、本当にそれで大丈夫なのかと思う。
 長く続いてきたもの。時代の荒波をくぐり抜けてきたもの。それらは、残るべくして残ってきたのであるから、そこに目を向けることも大切だと思うのである。

 以上の話。年中「昔はよかった」とほざいている年寄りの意見だから、7割か8割ぐらい割り引いて聞いてもらえればいい。

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