「大目に見る」ことで成長をうながす

 「大目に見る」という言い方がある。そういう考え方と言ったほうがいいか。
 
 若いころの私は、それが出来なかったと思う。
 しかし、人生を長くやったおかげで、大目に見ておいていいことと、とことん厳しい目で見たほうがいいことの区別がだいぶつくようになってきた。年を取るのも悪くない。

 一生懸命頑張った。でも結果が出なかった。
 若いころの私だったら、間違いなくこう言っただろう。
 「結果が出なかったということは、頑張ってないということなんだ。本当に頑張ったんだったら、必ず結果が出るはずだ」
 
 まあ、これも真理だと思うけどね。
 ただ、さぼりにさぼって、結果が悪かったというのに比べたら、相当にましなわけで、ここはやや「大目に見る」という考え方があってもいい。

 と言って、大目に見っぱなしというのも困る。子どもたちが、大目に見られることが前提の行動を取るようになる危険性があるからだ。
 というわけで実に微妙で、悩ましい問題なのである。

 最近は、悪気はなく、うっかりミスしてしまった時でも、ボコボコにたたきまくるという風潮があるような気がして、私はそれを憂いているのだが、もしかしたら、そのようにたたきまくる人は、大目に見てもらった経験がないのかもしれない。自分が経験したことのないことは、なかなか他人にはしてあげられないものだ。

 厳しく接するのはいい。
 が、基本はそれだとして、その中で時に「大目に見る」という場面があったほうが、子どもたちは豊かな心を持った人間に成長するだろう。
 以上、自らの反省を込めて。

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