「生きるため」が死につながる理不尽

 大手広告代理店・電通の女性社員が自殺し、後に過労死と認定された件。
 東大を出て入社1年目。人生これからだと言うのに痛ましいことだ。

 20年以上前、教員をやめた私は広告業界に身を置いていた。当時、電通本社は築地にあって、業界では「築地」と言えば電通のことだった。
 「だって仕方ないじゃない。築地の意向なんだから」ってな具合。

 現在の日本の広告業界は、1位電通、はるか離れて2位博報堂、3位ADK(アサツーディ・ケイ)という序列で、電通は、いわば業界のガリバー。
 私は仕事柄、結構よく行っていたが、みんな颯爽(さっそう)と働いていた。格好良かった。うらやましかった。もっとも、「どうだ。電通だ」と威張っているようにも見えたのも確かだが。

 民放テレビ番組は、スポンサーがCMを出すことによって成り立ち、新聞・雑誌はスポンサーが広告を出すことによって成り立っているが、そのスポンサーを集めたり、CMや広告を作ったりするのが広告代理店の仕事で、電通はここで圧倒的なシェアを持っている。よって、テレビ業界や新聞・雑誌業界、すなわちマスコミへの影響力は絶大だ。

 こうした構造だから、テレビや新聞などは、あからさまに電通たたきなど出来るはずもなく、むしろ、「残業100時間で自殺とは情けない」とネットで発言した大学教授が標的にされている。

 というような話は、誰でも知ってる日本の常識みたいなものなので、偉そうに書くほどのものではなかったか。

 問題は過労死である。
 働くのは生きるため。
 もちろんそれだけじゃないが、「生きる」ということと密接につながっている。不可分と言ってもいい。
 その「生きる」ための行為が死につながるというのは、何とも理不尽ではないか。

 不正会計処理で世間を騒がした東芝で、経理・財務を担当していたという大学教授には、「オマエに言われたくないよ」だが、考えてみれば、この人は、この問題とはまったく関係ない人であるから、教授をいくらたたいたって、過労死問題の解決にはならない。

 自殺した子は、まじめで努力家なんだろう。人一倍頑張る子で、決して情けない子じゃないと思うけどね。情けない子ならさっさと辞めてるだろう。

 真面目に働く子が、死に追いやられるというのは、どう考えたっておかしいだろう。たしかに、同じような状況に置かれても死なない人だっているし、むしろその方が割合としては多いかもしれないが、だからと言って、個人の問題と切り捨てていいはずはない。

 身体の弱い人もいる。心の弱い人もいる。頭の弱い人もいる(これは余計か)。それでもみんな助け合いながら生きて行ける世の中を作るのが、われわれの目標のはずなんだがな。

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