県民の日を前に、埼玉県の歴史を振り返る

 11月14日は埼玉「県民の日」である。
 学校は休みになる。
 私が教員であったころは、東京ディズニーランドが埼玉県民であふれる日と認識していたのだが、今はどうなんだろう。

 県民の日は、都道府県ごとに異なる。県民の日がない県もある。お気の毒。
 明治時代の廃藩置県(はいはんちけん)により、埼玉県が誕生した日が11月14日ということらしい。

 1971年の廃藩置県は、受験生がおさえておきたい用語だ。
 そのまえに、版籍奉還(はんせきほうかん)が行われているので、これとセットにして覚える。

 1869年の版籍奉還
 版は土地、籍は人民。
 全国各地の藩主たちが、土地と人民を朝廷(天皇)にお返しした。

 1871年の廃藩置県
 藩を廃して、県を置いた。
 ちなみに、100年後の1971年に、埼玉の県民の日が制定された。

 最初は、江戸時代の藩をそのまま県におきかえたので、全国に3府302県もできてしまった。こりゃ、全部は覚え切れんわ。
 その後、72県に集約され、さらに後、現在の47都道府県に落ち着いた。

 埼玉には最初、川越県・忍県・岩槻県・浦和県がおかれた。
 忍(おし)は今の行田市だ。
 これらが、周辺の県とくっついたり離れたりしながら、最終的には埼玉県としてまとまった。
 今は、さいたま市の一部になっている岩槻だが、一時はここに県庁を置こうかという話もあったらしい。岩槻区の人、残念なことしたな。

 以上、県民の日を前に、超かんたんな埼玉県の歴史であった。

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