命とプライバシー、どっちが大事だ

 新潟県・糸魚川の火災。
 あれだけの大火に遭って、死者が出なかったという点については驚きを禁じ得ない。もちろん被害を受けた方々にはお気の毒としか言いようがないわけであるが、私は真っ先にそのことを思った。

 ニュースを見ていると、「南風が吹いたら火災に注意」といった昔からの言い伝えがあったことも被害を最小限に食い止めた一因とされているが、やはり、隣近所の結束が大きかったようである。
 お互いが家族構成まで分かり合っているから、誰が逃げ遅れているかはすぐに分かる。高齢者のいる家庭、身体の不自由な人がいる家庭、幼い子がいる家庭。そういうのがみんなの頭に入っているから、スムーズに助け合いができる。

 地方都市だからと言ってしまえばそれまでだが、隣の住人が誰であるかさえ分からない今の都市生活は、はたしてこれでいいんだろうか。

 プライバシーが完全に守られるというのは都市生活の利点でもあるが、一朝事あるとき(いっちょうことあるとき)は、この利点が最大の弱点ともなる。

 私が記憶している昭和30年代の東京には(私は小学校3年生まで杉並区で育った)、それこそ隣家との味噌醤油の貸し借りも実際にあった。なにせコンビニなど影も形もなかった時代だから。
石炭切れちゃったから今日は隣に風呂借りに行くか、ってなもんである。

 まあ、そんな時代に戻れるはずもなく、戻りたくもないが、「命を守る」という視点から、今風の隣近所とのコミュニケーションを作って行く必要があるのではないか。
 プライバシーを守ることを最優先にした結果、命を失っては何にもならない。

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