高校生に教えられるなんて大人として恥ずかしい

 埼玉県立鴻巣高校の女子生徒(1年)が、道に散乱するゴミを拾い集め、鴻巣署から感謝状が贈られたというニュース。
 
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  埼玉新聞の元記事

 高校生の行動は大変立派だが、これは大人として何重にも恥ずかしい。
 道に大量のゴミを捨て去ったのが大人であること。
 それを拾ったのが大人ではなく高校生であること。
 高校生に手を貸した大人がいなかったこと。

 記事には大人が捨てたとは書いてないが、大量のゴミということだから、子どもの仕業ではあるまい。
 何人もの大人が、自分には関係ないことと、その場を立ち去った。
 彼女もいったんはその場を離れたが、思い直して戻り、わざわざコンビニでゴミ袋を買い、拾い集めた。

 さあ、一体何人の大人が同じ行動を取れるだろうか。もちろん私も含めて。

 急いでいるとか、身体が言うことを聞かないとか、それぞれに事情ってものがあるだろう。
 が、それにしても、誰一人いないとは。
 せめて手を貸す大人がいれば救いがあるんだが。

 この件。
 ゴミを拾い集めたのが大人だったらニュースにはならなかったはず。警察も感謝状をくれなかったはず。
 なぜなら、そんなのは大人として当たり前の行動だから。
 でも、そういう当たり前の行動が取れない大人が多いということだ。

 本人も立派。そういう子に育てた親も立派。先生たちも立派。
 いいニュースだと思う一方、大人として恥ずかしさがこみあげてくるニュースである。
 
 

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