「遊び」もまた人生の目的であり生きる意味である

 今日は受験には関係なく、まだ中学生には難しい話である。

 若いころ、オランダの歴史学者ホイジンガやフランスの社会学者カイヨワの著作などを分からないながらも読んだ。なにしろ私は根が暗い読書少年だったし、難しい本を読めば頭が良くなると勘違いしていたのだ。
 ホイジンガの「ホモ・ルーデンス」やカイヨワの「遊びと人間」などは今でも文庫で読めるはずだ。
 昔のエライ人が、「遊び」ということを真剣に考えた本であるから一読の価値はあるだろう。

 さて以下は、全然エラクナイ私が、テキトーに考えた「遊び」についての意見である。
 「仕事」と「遊び」は、どっちが上か。どっちが大事か。どっちが中心か。

 子供のころは仕事がないので遊んでばかりいる。大人になってから、特に子供ができたから成長するまでは生活の糧を得るために、遊んでいる暇はなく働いてばかりいる。
 というように、人生の時期によって、どちらかに中心を置かなければならないが、基本的に、「仕事」と「遊び」は、その価値において同等である。われわれは、「仕事」と「遊び」を両方やるために生まれてきた。

 私の知り合いが、こんなことを言う。
 「最近は、自分で自分にご褒美をあげないと働く気がしない」。
 何なんだろうね。
 遊ぶことへの言い訳?
 それとも、なにげにオレはこんなに働いてるんだぜアピール?

 どっちでもいいが、働かないと遊んじゃいけないと考えているみたいだ。「仕事」の報酬として「遊び」が与えられる。「仕事」が上位にあって「遊び」は下位にある。仕事人は尊敬されるが遊び人は軽蔑される。

 まあ、人それぞれの考え方であるから、別に否定はしない。どうぞご自由に。

 ただ私としては、「仕事」と「遊び」に同等の価値を与えたい。一途に「仕事」に打ち込むことと、ひたすら「遊び」に没頭することの価値は同じ。両方やってこそ人生。

 働かないと食って行けないとか、時間が暇がないというのはそうだろう。私も同じだ。
 しかし、だから遊べないとか遊んじゃいけないということになると、人生を半分しか生きられないことになる。
 そいつはまずいだろう。なぜって、この二つのためにこの世に生まれてきたんだから。

 さてと。
 そう考えると今の自分は、どっちも中途半端だ。イコール人生中途半端。こりゃ何とかせねばなるまい。

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