ここまで来たら、「出る」「出ない」と断言する

 梅野塾はこのブログの中だけにある架空の塾だが、ときどき本物の受験生に「本物の私」が教える。
 昨夜は、その本物の勉強の日だった。

 先生をやっていると、よく生徒から「前と言ってることが違う」などと言われる。
 先生が前に言ったことを覚えてるなんて見上げた生徒だが、それはさておき、たしかに前と違うことがある。

 なぜ前と違うのか。
 一つは、先生の考え方が前と違ってしまったから。先生に限らず、意見や考えが変わるのは、すべての大人が死ぬまで経験することだ。
 もう一つは、先生が、相手や時期や状況に応じて意図的に変えているから。

 と、ここまでは前置き。

 私がこの時期、心がけているのは、生徒の迷いを払拭(ふっしょく)してあげること。
 「ああ、そこね。たぶん出ないと思うけど、可能性はゼロじゃないから一応やっておこう」
 こんなこと言ってたら、結局あっちもこっちもやらなくてはならず、不安は増すばかり。だから、そういう曖昧な言い方はしない。

 「ああ、そこね。出ないからやらなくていい。それより、出るのはここだから」

 数か月前だったら、わずかでも出る可能性があるとしたら、それに言及しただろう。しかし、ここに来てそれは言わない。
 つまり、前は「出るかもしれない」と言い、今は「出ないからやらんでいい」と、言っていることが違うのだが、それでいい。

 大事なことは、受験生ができるだけ安定した精神状態で、残りの日々を過ごせるようにしてあげることだ。

 もちろん、すべてを「出る」、「出ない」で片づけず、「出るかもしれない」があってもいいのだが、それが教える側のアリバイ作り、事前のエクスキューズ(言い訳)になってはいけない。本当に受験生のためになるなら「出るかもしれない」もありである。

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