先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし

 先生の呼び名についてである。

 半世紀も前の話だが、高校に入って驚いたことがある。
 部室で上級生が先生のことを話題にしている。「〇〇さん」がどうしたとか、こうしたとか。
 一瞬誰のことかと思ったが、先生のことだ。

 「〇〇先生」とは呼ばない。時に代々引き継がれてきた綽名(あだな)だったりもするが、「〇〇」とか呼び捨てにしたりしない。
 へぇ~、高校生ってこうなんだ。なんか大人っぽいな。ちょっと生意気な気もするけど。でも、上級生がそうなら俺たちもそれにならうしかない。かくして卒業まで、仲間内で話すとき先生は常に「さん付け」だ。もちろん、先生本人に呼びかけるときは、さすがに「〇〇さん」ではなく、「〇〇先生」である。

 教員になってから。

 私が赴任した学校では職員室でお互いを「さん付け」で呼び合っていた。同世代だけではなく、年長者が若い人を呼ぶときも「〇〇さん」、若い人が年長者を呼ぶときも「〇〇さん」。
 個人的には、これはまったく抵抗はなかった。私は教員になる前に企業経験があって、そこは社長にさえダイレクトに「〇〇さん」と呼びかけるような会社だったからだ。

 先生同士、「先生」と呼び合わないのは、初代校長の方針だと聞いていたが、そこで思い出したのが、「先生と、呼ばれるほどの、馬鹿でなし」という川柳(せんりゅう)だ。
 当時は、単に職場の習慣としてそうしていたが、周りの人から先生と呼ばれていい気になってるんじゃないぞという戒めだったのではないか。

 生徒や保護者の手前、先生を「先生」と呼ばなければならない場合もあるが、先生同士、「先生」と呼び合うのは、考えものだ。「先生」を安売りしないほうが、本物の先生の権威を高めることにもつながる。


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