「まだ誰もやっていませんよ」に反応する学校は少ない

 県西部地区の公立高校に行った。
 学校案内パンフレット制作の打ち合わせのためだ。

 パンフレットやポスターの企画制作は、昔からやっている仕事の一部だが、最近公立の仕事はほとんどやっていない。
 儲からないからだ。下手をすると赤字になる。

 一般に、この手のものを作ろうとすると、印刷・製本とは別に、アートディレクター、コピーライター、デザイナー、カメラマンなどのスタッフが必要になる。公立が提示する予算では、これらスタッフの人件費がまかなえない。
 もちろんこれは、わが社のような弱小会社ではという話で、実際にはどこかの会社が請け負っているわけだから、その予算でもできるという会社があるのも事実だ。

 かつてはインターネットが普及していなかったので、ホームページを開設している学校などあるはずもなく、学校広報はもっぱら「紙だのみ」であった。
 ネットの普及で、企業の採用や、大学の学生募集はすでに「紙だのみ」から脱しているが、高校はまだまだである。
 これは高校側が遅れているというだけでなく、情報の受け手、すなわち受験生や保護者の側が、十分なネット環境を持っていないという事情もあるだろう。
 というわけで、「紙だのみ」から完全に脱するには、もう少し時間がかかりそうである。

 とは言え、いずれ紙のパンフレットは作らない。あるいは作ったとしてもごく簡単なものという時代になるだろうから、学校広報の重点を徐々にホームページや、フェイスブック・ツイッター・ラインなどのSNSに移行しなければならないだろう。

 で、実はここまでが無意味に長い前置きで、言いたいのはここからだ。スマン。

 営業マンとしての私の体験では、どういう「殺し文句」に反応するかによって、お客様(ほとんどが学校)は二つのタイプに分けられる。
 第一のタイプ。「もうみんなやってますよ」に強く反応するタイプ。
 第二のタイプ。「まだ誰もやってませんよ」に強く反応するタイプ。

 どちらかと言うと、第一のタイプが多く、第二のタイプは少ない。
 周りを見渡してみて、だいぶ増えてきたな、そろそろうちも始めるかというのが安全な方法だから、どうしてもそうなるだろう。安全運転は悪くない。

 だが、学校の特色を鮮明にしようと思うなら、時に他校に先駆ける勇気も必要だ。
 なぜ勇気という言葉を使うかと言えば、誰も経験したことのないことをやるために失敗の確率も高くなるからだ。
 最初に手がけていい気になっていたら、振り向くと誰も追って来なかった、なんてこともある。

 私のスタイルは、「まだ今のところ中学高校ではほとんどやっていませんよ。やるなら今ですよ」が基本なのだが、受け入れてくれる学校が少なく、よって商売はあまりうまく行っていない。

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