憲法記念日だから少し堅い話になった

 「不磨の大典(ふまのたいてん)」という言葉がある。
 中学校では教えないが、高校の政経や日本史では、大日本帝国憲法を学ぶなかで教わるのではないか。
 私は教えたぞ。

 大日本帝国憲法の発布勅語に、「現在及将来の臣民に対し此の不磨の大典を宣布す」という文言があり、そのため大日本帝国憲法は不磨の大典と言われることがあった。要するに完璧な憲法だから、改正する必要がないということである。そのくせ改正条項はあるのが謎だが、ついに一度も改正されることなくその使命を終えた。

 現在の日本国憲法は、もちろん改正可能であるが、その手続きについてやや不備なところがあった。そこで平成19年、国民投票法(「日本国憲法の改正手続きに関する法律」)が制定され、改正までの道筋が明確化された。

 おそらく、これ以降だと思うが、改正についてオープンに議論することができるようになった。私が若いころ、「改正」という言葉自体、使うことがはばかられたことを思えば、隔世の感がある。

 よく「あなたは憲法改正について賛成ですか反対ですか」などというアンケートがあったりするが、回答に困る質問である。

 改正議論の中でもっとも話題になるのは、戦争放棄などを規定した第9条である。私はこの点については改正に与する者であるが、103条からなる条文の中には、それ以外にも改正すべきと思われる点が多々ある。
 なにせテレビさえなかった時代に作られた代物だ。憲法が想定していなかった事態も次々に発生している。それを無理無理、解釈の仕方でしのいできたというのが実体だ。

 制定以来70年。
 この70年という物差しをそれ以前の時代に当てはめてみると、明治維新から大正を経て大東亜戦争開戦までが、ほぼこれに近い。もちろん、ただ年月が経ったから変えるべきとは思わないが、時代の変化に合わせて改正する柔軟性があってもいいだろう。

 憲法9条のみを問題にするのではなく、103条すべてを見直し、改正すべき点は改正するという考え方を持ちたいと思う。

 今日は憲法記念日だ。

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