天才に見られる共通の物語

 将棋の藤井聡太四段が注目されている。14歳、中学3年生。
 プロデビュー以来の連勝記録を伸ばし、非公式戦ながら羽生善治を破るなど破竹の勢い。天才棋士ともてはやされている。

 古くは中原誠、谷川浩司、そして現代の羽生善治、森内俊之ら名人たちも、みな10代後半から頭角を現し天才と称された。この世界で強くなる人はみなこのような道をたどるということだろう。

 棋界に限らず、天才と称された人たちには共通の物語があるように思われる。

 親はいろんなことをやらせてみる。機会を与えるということだ。
 子はまったく興味を示さないこともあれば、すぐに飽きてしまうこともある。ならば無理強いはしない。
 中に異常な興味を示すことがある。「じゃあ、もっとやってみる?」「うん」と次のステップに進ませてみる。そこで終わればそれでいい。嫌なことも我慢してやりなさいと教えるのはもっと後でもいい。

 子ども本人の興味の赴くまま。と言って、親は無関心というわけではない。認めてやる、ほめてやる、励ましてやる。子どもの成長には常に寄り添う人、伴走者が必要だ。

 天才は何万人、何十万人に一人という、ある種偶然の産物かもしれないが、そこまで行かずとも、子どもの才能を伸ばしてやるという点では、天才の物語は参考になるかもしれない。

 才能の発見は親や先生の役目だ。
 どれだけの機会を作ってやれるだろうか。才能の芽を見きわめられるだろうか。次のステップに導いてやれるだろうか。
 テストの点数や偏差値だけ見てたんじゃ、発見はできないぞ。

コメント

コメントの投稿