完コピはオリジナルへの入り口だ

 社会に出てから役立つ力は何か。
 どんな業界に入るか、どんな職業に就くかにもよるが、今日はそのあたりを考えてみよう。

 最近よく言われるものに「課題発見力」というのがある。
 つまり、学校では先生から課題や問題が与えられる。その課題や問題には必ず答えがある。生徒は考え、調べ、時に話し合いながら正解を導き出す。

 しかし、これからの時代はそうではない。自ら課題を発見できなければならない。唯一の正解がない問いにも答えられる人間にならなければいけない。
 という話なんだが、私は、「これからの時代は」というところに引っかかる。これって、昔からそうだったんじゃないか。いろんな世界で功績を残した人は、みんな自ら問いを発し、その問いに自ら答えた人々ではないのか。

 なのだが、ここでは、今までもそうだった、いやこれからなんだという議論はいったん脇に置いておこう。
 どうしたら、そういう人間を育てられるか。どうやったら、そういう人間になれるか。そこを考えることが大事なのだ。

 武道や芸事・芸能の世界でよく使われる言葉に「守・破・離」(しゅ・は・り)というのがある。
 「守」
 最初の段階では指導者の話をよく聞く。言いつけを守る。言われたとおりにやってみる。
 「破」
 次の段階では指導者の話を守るだけでなく破ってみる。自分独自の工夫を加えてみる。
 「離」
 最後は指導者から離れ、学んだ内容を発展させる。

 われわれは、一足飛びにオリジナリティ溢れる人間になんてなれないのだ。時にそれができる人もいるが、それをわれわれは天才と呼ぶ。
 いきなり、自ら問いを発し、それに答えるなどといった芸当は、普通はできないものだ。
 そこで、「守」から入る。
 入り口はここしかない。

 私はよく「完コピ」を勧めている。
 どうせ真似るなら完全コピー。
 勉強のやり方でも、話し方でも、文章でも。好きなもの、気に入ったものはとことん真似る。まずはそこからだ。

 人に与えられた問題すら解けないやつが、自分で問いなんか発見できるものか。

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