専門に閉じこもり深めたほうが世間は広がる

 私が若いころに抱いたちょっとした危機感。
 今日はそんなことを話そう。

 若いころ、といっても30代の半ば頃だったと思うが、ふと、「俺って、対等な大人同士の付き合いってしてないよな。このままじゃバカになる」(もとからバカだった説あり)。そう思った。
 相手はいつも子供だし、保護者とは付き合うが対等な関係とは言えないし、上司や先輩はいるが上下関係より仲間意識の方が強いし。こうしたユルーイ人間関係の中にどっぷり浸かっていると、これ以上の成長がないんじゃないか。
 こうした危機感が、教員から民間への転職につながった面もある。

 結論を先に書いておくと、仕事や環境が変わっても自動的に成長するわけではない。大事なのは求める姿勢。

 以前にも書いた気がするが、民間に転じてからしばらくは、社員同僚からも相手先企業の人々からも「元教員イコール世間知らず」という目で見られた。が、私もそう思っていたから別に腹も立たなかった。

 だんだん民間の仕事に慣れてきた。すると、「なんだよ、結局オマエラも一緒じゃないか」と思うようになった。すぐにこういう態度に出るのが私の欠点ではあるのだが、結局のところ、民間と言えども、かれらの知識や交流範囲は、特定の業種・業界に限るのであって、それがかれらの世間なのである。それをさしおいて、通り相場である「教員は世間知らず」を何の疑いもなく信じているだけなのだ。世間知らずはお互い様だ。

 だが、正に世間は広いから、驚嘆すべき人物との出会いも少なからずあり、次第に自分の考えも変わって行った。
 これはと思う人物は、まず専門である分野の知識が深く、それを通じて交流関係を広げている。
 ついでだが、民間に転じて分かったことの一つは、「ただ単に顔の広い人」が存在するということだ。最初はうらやましいと思ったが、深い知識と豊富な経験を前提としない交流関係なんてまったく意味を持たない。

 話を戻すが、専門分野に特化し、その知識を増やすことは、交流関係を広げることにつながる。なぜなら、「あなたの話を聞きたい」という人が増えるからだ。
 くそ、このことをもっと若いころから知っていればよかった。

 専門分野の知識が深い人は、なぜか他領域にも造詣が深い。「この人、なんでこんなことまで知ってるの? プロ顔負けじゃないか」。
 しかし、よく考えてみれば当然のことで、「究める方法論」が自分の中にあるのだから、何でも分かってしまう。そして、そこでまた予想外の交流関係を広げる。

 世間を広げようと、ただ知り合いを増やそうとするのは愚の骨頂。己の専門に閉じこもり、ひたすら深める努力をしたほうが、結果として世間は広がる。
 この結論を得るのに30年かかった。

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