日本は官僚が支配する中央集権国家

 やや面倒くさい話なので今日はスルーされても仕方ない。

 日本という国は官僚が支配する中央集権国家である。
 昨日今日の話ではない。明治以来、いや、ひょっとしたら江戸時代以来、これでずっとやってきた。戦争の後、アメリカが日本を変えようとしたが、結局ここのところは変わらず今日に至っている。

 中学校・公民の教科書に「地方自治」というのが出てくるが、言葉だけあって実体がない。
 近年、「地方分権」が語られるようになったが、要は「権限を分けてやるよ」ということだから、「中央集権」の本質を変えようとするものではない。

 特区制度は、岩盤規制をぶち壊すものとして期待されているが、結局は個別な事案に対して適用しようとするものであって、その裏にあるのは官僚が支配する中央集権国家という構造そのものは温存しようという考え方である。

 今回の加計問題にしても、本当に「地方自治」があるならば、愛媛県であろうが今治市だろうが、勝手に予算を組んで(住民の意志に従ってという意味だ)、勝手に大学を誘致してくればいいのである。
 だが、それを許さないのが、官僚が支配する中央集権国家なのである。

 日本の支配者である官僚の養成機関が東京大学である。高校が優秀な若者を一人でも多く東京大学へ入れようとする行為は、結果として、官僚が支配する中央集権国家の温存に手を貸していることになる。もちろん、そんなつもりは毛頭ないと思うが、結果はそうなる。(優秀な頭脳をあたら浪費するものでもったいないことだと思うが、その話は次の機会にする)

 官僚が支配する中央集権国家は安定性に優れているが、変化に弱く腐敗も起こりやすい。われわれ日本人は、スピード感の無さやある程度の不正や腐敗に目をつぶりながら安定を選んでいると言えるかもしれない。

 国の歴史が違うし民族性も異なるのだから、「世界では」とか「欧米では」と安易によその国のシステムを採り入れてもうまく行かない。
 私は年をとったせいもあって、官僚が支配する中央集権国家のままでいいのかとぼんやり考えているが、何も言わず放っておくと官僚の権限は肥大するばかりなので、権限の肥大には常に監視の目を光らせておく必要がある。

 「総理のご意向」とか「忖度」とか、下らないことばかり言っていないで、官僚が支配する中央集権国家をどう修正して行くかという方向に議論を持って行ってくれれば、ちょっとは民進党を応援しようという気にもなるが、蓮舫さんには荷が重そうだ。




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