一人サマータイムを勧める理由

 東京は今季初の猛暑日。
 何だ、その程度か。
 なにせ埼玉には常に気温日本一を争う熊谷があるからね。ここでは暑いというのは、人間の体温を超えるかどうかが基準だ。

 ここ数年の私の夏対策は、「一人サマータイム」実施。
 朝は4時起床。
 あくまでも目標で、実際には5時のときも6時のときもある。このあたり柔軟性があると言えばもっともらしいが、要は意志が弱い。

 1時間ほどランニング。
 この時間だとコンクリートの照り返しがないので、決して楽とは言えないが、まあまあ走りやすい。
 ただこれもよくサボる。
 無理はしない。決めたとおりやることは大事なのだが、かえってストレスになる。

 それで何か良いことがあるのか。
 決定的なことは言えないのだが、午前中が長くなり生産性が高くなる。そう自分では思っている。原稿を書いたり調べ物をしたりする時間が多いのだが、午後よりも午前の方が、来客や電話で思考が中断されることが少ない。それで生産性が高まる。

 ならば夜でも同じではないかとなるが、夜書いた原稿はろくなもんじゃない。長年の経験でそうなのだ。
というわけで、よほどのことがない限り、夜に文章を書くことはしない。

 私のように、ほぼ個人営業の仕事だから出来るという面もあるが、「一人サマータイム」もなかなかいいもんだ。(以前にも同内容のブログを書いた)

 組織に属している人は、なかなか難しいとは思うが、組織に拘束されている時間を最大12時間(通勤時間も含む)としても、残りは自分の時間だ。
 むろん、世のお父さんお母さん方は、家に帰ったら帰ったで、子供に振舞わされるのであるが、そういう中でも、わずかな自分の時間を上手く活用するという術(すべ)を会得しておかないと、年を取ってから大変困ったことになるぞということを先輩として助言しておこう。


コメント

24時間

人には24時間皆平等なのに、なぜ成し遂げることがこれほどまでに違うのか。自分は一体毎日何をしているんだろう。また無駄な1日を送ったのではないか。若い頃はよくこういう自己嫌悪に陥ったものです。

現在公立小学校の図書室で週に2回から3回図書室のおばちゃんとして勤務するわたしには、1日4時間の勤務時間は正直足りず、毎回時間との勝負です。

でも、限られた時間だからこそ、その時間内で最高のパフォーマンスをしようと、脳みそフル回転、移動は小走り、本も速読、3.4人の小学生から一度に質問を受けても聞き分けられるようになりました。

勤務時間に対し、先生方や子供達から求められるものが多く、限界を感じることも多いのですが、アイデアがどんどん出て、思うように働けた時は、その1分間が1時間分にも感じます。すると疲れを全く感じません。

今の時間の使い方、集中の仕方を若い頃の私に教えてあげたいです。

しかしながら、若い時の時間の使い方に反省があるからこそ、今の時間の濃さをありがたく感じるのかもしれません。



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