自由にものが言える立場だからこそ

 私はこのブログで結構頻繁にマスコミを批判している。政治家のことも批判している。
 批判することを仕事にしている人は、批判されてもいいはずだからだ。

 その一方、学校についてはそれほど批判めいたことは書いていない。
 一つには学校が私にとってお得意様であるという事情がある。あんまり悪口を書くと、商売に影響するのだ。
 と言って、あまり甘いことばかり書くと、今度は読者から見放される。ここらの兼ね合いがなかなか難しい。

 私が学校や塾を一方的に批判しないもう一つの理由は、学校教育や受験指導に、これが唯一絶対という正解がないからだ。

 理想をかかげつつも、今はまだ諸般の事情により実現できないことが山ほどある。
 傍から見れば「何をやってるんだ」ということであっても、別に分別がなくてそうしているのではなく、「残念だが、今はできない」という場合が多いのは、私も教員として経験済みである。

 そういった事情が分かるだけに、理想と現実の狭間で苦労されている学校や先生方を一方的に批判することはできないのである。
 それに、私は今、教育そのものに直接かかわっているわけではない。かかわっていないから何でも言える。好き勝手に言える。しかし、何でも言える立場であるからこそ、何でも言っちゃいけないのだという思いもある。
 何でも言える自由を手にしている私は、自分自身でその自由を制御しなければならない。

 まあ、毎日書き続けるブログであるから、時には口が滑る、いや筆がすべるということはあるが、読んだ人が、「なるほど、それはもっともだ」と気持ちよく受け入れてくれるような、真っ当な批判ができるよう努力していかなければならないと思う。


 今日は、テレビで高校野球埼玉県大会の決勝を見ようと段取りしていたが、雨天順延となった。

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