教え過ぎは麻薬である

 過ぎたるは及ばざるがごとしと言うが、教育において教え過ぎは毒である。
 なんてことは学校であろうが、塾であろうが、人にものを教える立場にある人は先刻承知のことである。

 懇切丁寧に教えれば、その瞬間は分かりやすく教えてくれる親切な先生という評価を得られるが、長い目で見れば依存心の強い子供を作っているわけで、将来その子は痛い目に遭う可能性が高い。
 だから、ギリギリのところで止めて、「あとは自分で考えなさい」と突き放す。
 が、これがなかなか難しい。
 教え足りない場合は、不足分を後で付け足すこともできるが、一度教えてしまったことは、「あれは無しね」ということにはできないのだ。

 教え過ぎは毒である。教え過ぎは麻薬である。
 ひとたびこの麻薬を与えてしまったら最後、子供はそれ無しではやっていけなくなる。「教えて、もっと教えて」と言い続けるようになる。

 自分で考えられる子供を作る。
 すなわち自前のエンジンを備えた子供に育てると、かれらは自力でどこでも好きなところに行ってしまうから、もう教える人を必要としなくなる。

 そう考えると先生稼業とは悲しいもので、自身の存在を無意味にするために人にものを教えていることになる。
 「先生!僕は(私は)、もうあなたの力は必要としません。あとは自分でやります。サヨナラ」
 う~ん、教育的には成功しているんだがな。ただ、商売的にはちょっと…

 でも、世の中の仕事はみな似たり寄ったりのところがあって、医者は患者を治して健康な身体にしてしまうと自分の存在が不要になるし、警察官は犯罪のない社会を作ろうと努力すればするほど自身の存在理由を失くして行く。

 というわけだから、先生方には、「一抹の寂しさをともなう成功」を目指して、これからも日々頑張ってもらうしかない。

 ※訂正
 いったん「『一抹の寂しさをともなう成功』を目指す先生稼業」というタイトルでアップしましたが、読み直した結果、標記のタイトルに変更しました。

コメント

No title

教え子が自立していく姿、一人で歩んで行けるようにすること、それが目標の私には、とても深く沁みるお言葉でした。
本当はいつまでも「せんせー」って言って欲しいのかも知れませんが、それはやっぱり自己満足ですよね。「お世話になりました、ありがとうございました!」と去っていく子どもを何人育てられるか、私の勝負はそんなところなのかなと思います。

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