世界は「不」のつくことばかりである

 先週のロンドン世界陸上のマラソン。
 レース結果はさておき、テレビ中継を見ながら、とんでもないコースだなと思った。

 周回コースで折り返しや直角カーブが多く、極端に道幅が狭い所があり、石畳の路面もある。高低差が比較的ないのが唯一の救いだが、こりゃ記録は狙えんなというのが市民ランナーの端くれとしての感想だ。

 テレビ中継を意識し、ロンドンの名所を見せようという商業的な意図が優先されたという説もある。
 十分ありそうな話だが、それにしても日本だったら、もっとランナーのことを考えた優しいコース設計になったのではないか。

 私はこれを見ながら、テレビで見たゴルフの全英オープンのコースを思い出した。風はビュービュー吹くし、草は茫々、バンカーなんか人が脱出するのも大変そうだ。世界最高峰の大会でこりゃないだろうと思うのだが、いや、ゴルフはこれでいいんだというのが英国流らしい。日本だったら、世界最高峰にふさわしい文句なしの美しいコースを用意しそうだ。

 いちいちコースに注文つけるヤツは来なくていいんだぜ。そういうことなのかもしれない。
 だとすれば、やはり世界で戦うには、ちょっとやそっとの悪条件をものともしない精神的な強さが必要ということになりはしないか。

 
 私たちの若いころと違い、今の若者は海外で仕事する機会が圧倒的に多い。本人たちに聞いても当たり前のように、「国際社会で活躍したい」と言う。もちろん結構なことだし、そう願いたいところだが、その場合、国際社会としてイメージされているのは、欧米先進国であることが多い。

 だが、世界はアメリカとヨーロッパだけで出来ているわけではない。アジアやアフリカ諸国に行けば、不自由、不便、不潔など「不」がつくことだらけである。

 そう考えると、これから世界で戦い、世界で活躍しようという若者たちに対して、文句なしの環境を与え続けるだけでいいのかという疑問も湧いてくる。
 学校や塾や家庭が、良い環境を整えようとするのは自然なことだし、それを否定する理由はない。ただ、そんな中で、あえて一つだけ悪条件を設定するという仕掛けがあってもいいのではないか。
 たぶん、子どもたちは、我慢したり工夫したりしながら、乗り越えるだろう。それもまた成長というものである。

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