スポーツ選手のセカンドキャリアを考える

 女子マラソンの有名選手が万引で捕まったというニュースがあり、それがきっかけでスポーツ選手のセカンドキャリア(引退後の仕事)ということを考えてみた。

 どんなに優れたスポーツ選手でも、いずれ第一線を退かなければならない時がやって来る。そして、その時とは、世間一般から見た場合、まだ若く人生はこれからだという年齢でやって来る。だから、セカンドキャリアということが問題になる。

 指導者や協会役員などでその世界に残る人もいるが僅かである。タレントなどに転身して成功する人もいるがこれも例外的なことだろう。

 多くのスポーツ選手は、引退後の人生を自分で切り拓いて行かなくてはならない。
 だが、競技一筋で来た人が、その競技を離れてどうやって生きて行くというのか。
 そんなの自己責任だろうという考え方もあるが、今までさんざん楽しませてもらったくせにそれではちょっと冷た過ぎるではないか。
 そこで最近では、引退後のスポーツ選手に就職を斡旋したり、再教育の機会を作ったりと、さまざまな支援策がとられるようになった。それはそれで結構なことだ。

 しかし、どんな体制を作ろうが、うまくやって行ける人間と、そうでない人間に分かれるのが世の常である。
 では、その差はどこから生まれるかということである。

 競技ばっかりやっていないで、将来を考えてちゃんと勉強もやっておけよという意見もあって、それには半分は同意できる。しかし、一流になるためには犠牲がともなうものであり、学校の勉強の勉強を犠牲にするぐらいでなければ強くはなれない。

 スポーツには、必ず監督やコーチや師匠といった指導者がいる。おのれの力だけで一流になった選手はいない。
 問題なのは、指導者と選手との関係性ではないか。
 指導者に言われるがままに練習して強くなった選手と、自らも考え、研究して強くなった選手がいる。セカンドキャリアでも成功を収められるのは、指導者の言に耳を傾けつつも、自分自身で考え、研究してきた選手である。

 現役の絶頂期には、自ら目標を設定しなくても、指導者や周囲がそれを与えてくれる。しかし、引退後はそれを自ら設定しなければならない。そこから躓きが始まる。

 さて、結論を急ぐが、引退後にサポートするのも大事だが、現役時代から自立心を持った人間に育てることだ。これは競技において強くなることと両立できるはずだ。学校の勉強との両立は困難だとしても、これならできる。

 引退後のサポート体制をいくら強化しても、結局は、今度はこのレールの上を走りなさいと言っているようなもので、根本的な解決にはならない。
 
 自立型人間に育てること。大事なのはここのところだ。

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