「いわゆる」の使い過ぎに注意

 「片手落ち」という言葉がある。これを記事文中に使うと発行元から書き換えを要求されることがある。
 
 曰く、差別につながる。
 えっ、どこが?
 片手がないということで、手に障害を持った人への差別になるから。って、バッカじゃねえの。
 ※注:「障害」は「障がい」、「バカ」はその他の表現に書き換え要求される)

 「片手落ち」の「片」は「片思い」の「片」で、「どちらか一方、片方」の意味だよ。つまり、片一方に「手落ち」があるから「片手落ち」。手の不自由な人の話なんてしてねえよ。そもそも「手落ちがあった」を平気で使ってるくせに、「片手落ち」はダメというのはおかしいじゃないか。

 と、この種のやり取りが年中あるわけである。
 まあ、こちらは原稿料をいただいている身分だし、この程度でいちいち進行を遅らせても仕方ないから、要求通り書き換えるけどね。

 これは差別とは関係ないが、入試に関する記事では「確約」も使いにくい。
 「表向き無いことになっていますから」というのが、発行元やマスコミの言い分であるが、受験生・保護者や、募集担当者・塾長の間では、日常飛び交っている言葉だ。それで妥協策として「いわゆる確約」という言い方にする。「俗に言う確約」などとも表する。もっと面倒な言い方なら「世間で言うところの確約」。

 この「いわゆる」というやつは大変便利な言葉である。漢字で書くと「所謂」である。
 「謂う(言う)所の」であるから、自分が言っているのではなく、世間一般が言っているのだというニュアンスを込めることができる。

 「確約」とダイレクトに言うと、「そんなもん存在しないだろう」とか、「オマエはそれを肯定しているのか」などとツッコミが入りそうだが、「いわゆる確約」と言っておくと、「いや、私はまずいと思っていますよ。あってはいけないんです。でも、世間の皆さんにはそう言ったほうが伝わりやすいじゃないですか」と逃げを打つことができる。

 その言葉をそのまま書いたり話したりした場合に難癖をつけられそうなときは、「いわゆる」を前につけておく。
 なかなか使い勝手のいい言葉だ。

 だが、便利なのでつい使い過ぎてしまい、挙句それが口癖になってしまうと見苦しい。
 「いわゆる日本国憲法の、いわゆる憲法9条の問題ですが、いわゆる自衛隊の存在は、いわゆる違憲ではないかという、いわゆる説がありまして…」といった調子。

 「いわゆる」の使い過ぎに注意。
 これは自身への戒めである。

コメント

息苦しい・ 窮屈 ・不寛容

えっ!障害は障がいと書くの?なんで?害という漢字がダメなの?
片手落ちは片 +手落ち じゃなくて 片手+落ちと誤解されるの?
えっ!チビクロサンボって差別用語なの?
えっ?ハゲって言って、言われた相手がいじめだと思ったらもうこちらは加害者なの?

息苦しい 窮屈 不寛容 な世の中が、未来を締め付けすぎているように感じます。

未来にはいつも希望が居座っていてほしいです







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