先生の「持ち時間」にも注目してもらおう

 「持ち時間」という概念は、世間ではあまり馴染みがないが、教員にとって大きな関心事である。
 「持ち時間」とは授業を受け持つ時間のことだが、何も断らなければ、1週当たり何時間という形で表される。

 仮に「持ち時間が16時間」ということなら、1週間32時間のうち16時間が授業であり、残りの16時間は会議や教材研究、資料作成などの非授業時間ということになる。(授業は1時間あたり50分が一般的)

 今、世の中全体で働き方をめぐる議論が盛んになっているが、その際主に問題になるのは、残業なども含めた週当たりの労働時間(勤務時間)であり、これは教員にも当てはまるのだが、学校社会にはもう一つ、「持ち時間」と呼ばれる問題がある。

 「持ち時間」は平等、均等が原則である。
 別に法律で決められているわけではないが、学校社会の慣習としてそうなっている。
 ちなみに、私の経験した最大持ち時間は18時間で、30代後半からは進路主任や教務主任というポジションだったので、最小持ち時間は12時間だった。部活顧問はあったが担任はなし。

 一般に、「持ち時間」は中学校の先生の方が多く、小学校の先生に至っては全部が「持ち時間」みたいなものだ。

 学校の先生で授業が嫌だという人はいないが、「持ち時間」は少ない方がいいと思っている。多ければ多いほどいいと思っている人はいない。

 「持ち時間」が減っても、教材研究に充てる時間はさほど変わらないが、いわゆる「空き時間」が増える。会議などが入るので、「持ち時間」以外が全部自由に使えるわけではないが、精神的にも身体的にもゆとりが生まれる。

 だから、教員の「持ち時間」を減らせ。

 ところが、世の中何かをやろうとすれば、必ずコストがかかる。タダで出来ることはない。
 学校は人件費比率がものすごく高い。経費の大部分が人件費という典型的な労働集約型産業だ。
 「持ち時間」を減らせは、イコール教員数を増やせになる。
 これは特に私立学校において、経営に直結する問題である。

 教育無償化に関する論議が盛んに行われており、それは結構なことだと思っている。教員の労働時間に注目が集まるのも結構。
ならば、公私別なく、小中高の先生方の「持ち時間」にも注目してもらおう。

コメント

コメントの投稿