受験勉強だけに当てはまる「効率」という発想

 効率的な勉強。

 生徒・学生の誰もが目指すところだ。
 塾の先生も、それを是として、あれやこれや方法論を伝授しているところだろう。

 私も受験情報紙などで、いかに効率よく勉強するかについて述べているので、このことを否定するものではない。
 ただ、効率的な勉強というものは、入試のように明確にゴールが決まった勉強には当てはまるかもしれないが、勉強全般に当てはまるものではない。

 受験勉強にはゴールがある。そこから、あと何日、あと何時間と、勉強できる総時間が決まる。
 その間に、何と何を覚えればいいかや、どういうことができるようになればいいかは、過去の出題事例からほぼ割り出すことができる。
 こういう性質をもつ勉強であるから、そこに「効率」という発想が出てきて当然である。

 だが、子どもたちが勘違いして、すべての勉強が効率的にできるものであり、そうすべきであると考えるようになると、大変困ったことになる。

 受験勉強は、ある意味で特殊な勉強である。広く大きく勉強というものをとらえた場合、勉強の一部に過ぎない。
 受験勉強以外の勉強は、むしろ非効率的なものにならざるを得ない。

 受験勉強との決定的なのは、ゴールが見えないこと。期限が設定されていないことである。それをやる目的が明確でないこともある。また、答えがいつ見つかるか分からず、もしかしたら答えが出ない可能性もある。
 勉強とは無駄の多いものである。

 効率的な勉強とは、受験勉強にかぎって適用できる勉強法である。
 これからは不用意にこのような言い方をせず、「効率的な受験勉強」と言うようにしようと思っている。

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