先生は偉い人であるべきなのだ

 私は先生だったので、時々クラス会に呼ばれる。
 最初に教えた生徒は現在57歳だ。中には孫がいて、家ではジージとかバーバとか呼ばれている連中もいる。

 彼らは言う。
 「オレら高校生のとき、先生は20代だったんですよね。そんな若造にエラそうに指図されてたんですよね」

 だから何だって言うんだよ。
 そりゃあ、今となっては20代、30代なんてものは鼻たれ小僧みたいなもんだろうが、オマエら高校生のときは、こっちはれっきとした社会人だぞ。しかも先生だ。先生がエライのは当たり前だろう。

 先生はエライ。

 この関係がないと、教育ってものは成り立たないんだ。
 学校というところは、先生が生徒よりも優位にたっている社会ということで何の問題もない。本来、そうあるべきなのだ。

 先生の偉さの源泉は何か。
 圧倒的な知識と技術だ。圧倒的というところが大事。

 生徒が大学生、社会人になれば、いずれ追い越されるかもしれないし、むしろそうであって欲しいが、先生と生徒の関係であるうちは、ずっとずっと、はるか手の届かないところにいなければならない。

 先生という職業に就けば、自動的に偉くなれるというものではない。
 生徒から見て「先生はエライ」という関係が成立しないと真っ当な教育はできないから、偉くなるために勉強する。果てしなく勉強する。一生勉強する。これが先生という職業だ。

 時には友達みたいな先生、お父さんお母さんみたいな先生を演じることはあるが、所詮は「みたい」とか「もどき」という範疇である。先生は本物の友達や、本物のお父さんお母さんにはなれないのだ。
 だったら「先生らしい先生」を目指せよ。「エライ先生」を目指せよ。

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受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

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