面談は先生も疲労困憊、健康に注意して

 高校受験生は、志望校決定のシーズンだが、生徒の中には、決められる子と決められない子がいる。

 私の場合は高校教員だったので、大学受験の話になるが、自分から相談に来る子は割と楽だ。「迷ってるんです」という言葉とは裏腹に、実は自分の中ではほとんど決まっている。ただ、ちょっとだけ不安が残っている。だから、「大丈夫。それでいいと思うよ」と、ポンと背中を一押ししてやるだけでいい。

 ところが、教員なりたての頃は、「迷っているんです」を真に受け、余計な情報を吹き込んで、せっかくの決心に水を差してしまったこともある。この子本当はどうしたいんだろうということに思いが至らなかったんだね。バカみたい。

 生徒の決定を尊重する。
 いかにも生徒思いに聞こえるが、決定がもたらすその後の人生にまで責任は持てないわけだから、自身で決めてもらうしかない。
 だが、明らかに「その決定は違うんじゃないの」とか、「その決め方おかしくないかい」という場合もある。

 「どう考えたって無謀な挑戦だ。受験料無駄にすんじゃない」
 「もうワンランク、いやツーランク上げたって合格するぞ」
 「そこじゃスベリ止めにならんぞ。滑って転んで骨折って、それでも受かるのがスベリ止めだ」
 「そこ出て就職どうすんのよ」
 いずれも言った覚えのある科白だ。

 だが、こう言ってしまったら、生徒も引くに引けないから、ああでもないこうでもないと自分の正当性を言い募る。意固地になる。
相談決裂。

 年数を経ると、こっちのやり方も巧妙になる。
 初っ端から「そりゃ、まずいよ」ではなく、まず「なるほど。いいんじゃないの」と出る。「受容」という相談の基本技だ。
 それにしても、生徒の矛盾に満ちた、底の浅い、近視眼的な話を我慢して聞けるようになるまでに、どれだけの年月を要しただろう。

 よくよく考えてみれば、戦いの場は目指す学校の入試であり、真の戦いの相手は他の受験生だ。生徒と親と先生は、敵同士ではなく味方同士だ。それが本番前に揉めているようでは勝ち目がない。

 学校や塾の先生は、これからも面談・相談が続くと思う。
 面談・相談から受ける精神的・肉体的ダメージは、経験のない人には分からんだろうな。授業の方がよっぽど楽だ。

 ということで、師も忙しく走り回る「師走」を迎えて、先生方にはくれぐれも健康に留意し、ますます頑張っていただきたいという応援メッセージであった。


追伸:ブログデザインをクリスマスバージョンに変更しておいた(PC版のみ)。

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受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

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