空振り覚悟で新ネタに挑戦してみる

 昨日は、花咲徳栄高校の入試報告会(塾の先生対象)で講演を行った。

 毎回同じような話になってしまうのだが、そんな中でも何か一つは新ネタを入れようではないかと苦労している。
 だが、新ネタはリスキーである。
 高い評価をもらえる場合もあるが、空振りに終わることもある。

 私が特に意識しているのは、聞き手の皆さんに新しい視点を提供すること。
 元になるデータは同じでも、視点(切り口)を変えてみると、今まで見えなかった新しい発見があるかもしれない。

 準備の段階では、まず仮説を立ててみる。そしてデータを当たってみるわけだが、何の発見もなく、仮説が裏付けられないことも多い。そこでさらに別の仮説を立てデータを集めてみる。ということを何度か繰り返して、ようやく新ネタが完成する。
 が、自分でこれは面白そうだと思っても、前述したように聞き手の反応はサッパリという場合も多い。なかなか難しいものだ。

 昨日の新ネタは、大学合格実績に関して、それぞれの学校のボリュームゾーンはどこにあるかを見てみようではないかということだった。
 各学校は、現役進学率が何パーセントであったとか、東大に何人入ったかとか、国公立や難関私大に何人合格したとかを誇らしげに発表する。
 それ自体悪いことではない。その学校の教育力・指導力を推し量る一つの目安になり得るわけだし、これからもどんどんおやりになればよろしい。

 しかし、たとえば400人の学校で「東大に合格者が1人出ました」といった場合、残りの399人はどうだったの? と聞きたくならないかな。
 うんと出来るグループがどれだけの戦果をあげたかも重要だけど、本格派の進学校だったら、真ん中あたりからやや下のグループでもそれなりの結果を出しているはずだ。

 下のグラフは、平成29年3月の県立浦和の合格数ベスト20大学だ。
 (合格人数ではなく合格件数。現浪の合計)
 これを見ると、やはり埼玉県を代表する進学校だけあって、ベスト20の中に、東大・京大・東工大・一橋、あるいは早慶上智などが入ってくる。トップグループの生徒でなくても、ここに出てくる大学には何とか入れそうだ。(と推測できる)

 平成29年3月 県立浦和における合格数上位20大学
2018県立浦和上位20大学02

 同じことを栄東・開智・大宮開成など私立進学校でやってみた。
 グラフをすべて見せることはできないが、これらの学校は早慶上智が上位に入るところまでは来ている。ただし、難関国公立が上位に来ることはない。
 また、MARCHには大量に合格を出していても早慶上智が攻略し切れていない学校もある。

 私が明らかにしたかったのは、私立がダメだということではない。むしろ逆で、日東駒専あたりなら普通に合格できる学校が増えてきたということなのだが、そのあたりが伝わったかどうか。
 現在、2018年3月のデータを調査中なので、まとまったら報告しよう。

人生の勝ち負け。その基準は自分で決めりゃいいんだよ

 「なぜ安定した公務員の身分を捨てたんですか?」
 これまでの人生で、私は何回この質問を受けただろうか。

 そんな時、私は逆に問う。
 「人生って安定してなきゃいけないんですか?」

 私は40歳のとき、安定した公務員(公立学校教員)の身分を捨て、民間企業のサラリーマンとなり、その後自前の会社を作り現在に至っているが、案の定、その後の人生は不安定なものであった。今もだ。
 
 収入は常に安定しない。借金は山ほどある。
 「ほら見ろ」と言う人もいるが、私は安定を捨てて不安定を選んだ。約束された人生ではなく、明日をも知れぬ人生を選んだ。
 病気や怪我でもしたらそれでゲームセット。常に崖っぷちを歩む人生でスリル満点。

 よく人生の勝ち組、負け組なんてことを言うが、その勝ち負けの基準って何なんだ?
 金持ちが勝ち、貧乏が負け。
 そう思う人は努力して金持ちを目指せばいい。
 有名になったら勝ち、無名のままなら負け。
 そう思う人は頑張って有名になればいい。

 でもね、何が勝ちで、何が負けかは、自分で決めていいんじゃないかな。
 若いうちはたぶん分からない。勝ち負けの基準は、いい高校に入った、いい大学に入った、いい会社に入った、いい職業に就いたぐらいしか思い浮かばない。
 でも、30代40代になると、それだけじゃないなと思うようになる。いろんな勝ちがあるんじゃないかと思うようになる。思わない人がいてもいいが、私はそう思ってしまった。

 安定(主として経済的安定)は、自分にとって勝ちではない。もちろん金はあるに越したことはないが、10年20年先の分まではいらない。あと1年2年分の見通しがあればそれで十分。後のことはまた考えよう。
 死の間際、「縁あってこの世に生まれてきたけど、これで結構オレの人生面白かったぜ」。そう思えたら幸せだ。

 マラソンの川内優輝選手が、公務員(埼玉県職員)を辞めてプロに転向するという。
 なぜ安定した公務員の身分を捨てるんだ、プロで活躍できたとしてもあと数年なのにと、とやかく言う人がいるが、私は彼の気持ちが少しは分かるような気がする。
 彼の中で、自分にとっての勝ちとは何か、負けとは何かがはっきりしてきたのだろう。ならば、己の信念を貫けばいい。ますます応援するぞ。

突然「沈香も炊かず屁もひらず」って言葉を思い出した

 ふと思い出した言葉。
 「沈香も炊かず屁もひらず」。
 読み方は「じんこうもたかずへもひらず」。

 沈香(香木)のような良い香りもないが、屁のような悪臭もない。つまり、特別に悪いこともしなければ、良いことをするわけでもなく、無害で平凡なことのたとえである。

 よく他人を表するとき、「いい人」とか「真面目」を使う。
 「〇〇さんって、どんな人ですか」
 「うん、真面目ないい人だよ」
 なかなか便利な表現だ。
 でも、その人がどんな人か何も説明していない。というか、つまんない人間とか、無能だとか言っているようにも聞こえる。

 その一方。
 「いや~、仕事がめっちゃ早くて決断力もあるんだけど、酒癖・女癖が悪くてね」
 こっちの方が説明になっている。

 仕事の能力があるが、私生活には問題がある人。
 仕事の能力はないが、私生活には問題のない人。
 さあ、どっちをとるか。

 仕事の能力があって、私生活にも問題がない人がいいに決まっているが、そんなに大勢いるわけじゃない。
 どっちか選べと言われたら、仕事の能力はあるが、私生活には問題のある人の方かな。
 問題の程度にもよるが、そっちは直せる可能性がある。ことによったらある日スパッとやめることだってできる。でも、能力の方は、それを身に付けたり伸ばしたりするのに長い年月と努力を要する。
 だから、私の場合は、沈香をとって屁のほうは大目に見る。

 誤解のないように言っておくが、悪事に目をつぶるなどとは言っていない。悪事にその能力を使われたらとんでもないことになる。
 大事なのは、その能力を世のため人のために使っているかどうかだ。自分のためじゃなく他人のために使っているかどうかだ。そうであれば、屁の一発ぐらい許してやろう。

「塾説はインフルエンサー・マーケティングである」説を語る

 インフルエンサー(Influencer)の話をしておこう。
 もう流行は終わったでしょう? って、それはインフルエンザね。
 そうではなく、子供たちには、乃木坂46が歌ってたでしょと言えば通じちゃうかもしれないインフルエンサーだ。

 インフルエンサーとはマーケティング用語で、人々の消費行動に強い影響を与える人物のこと。
 インフルエンサーにアプローチし、かれらによって好意的なメッセージを広げてもらおうとするのがインフルエンサー・マーケティング。

 今なぜこの話かというと、5月、6月は塾対象説明会(通称「塾説(じゅくせつ」)のシーズンなのだが、これは一種のインフルエンサー・マーケティングではないかと思ったからだ。 
 受験生・保護者に直接アプローチするのが受験生向け学校説明会。その受験生・保護者の意思決定に強い影響を与える可能性があるのが塾の先生だとしたら、塾の先生を対象とした説明会を実施する意味は大いにある。

 「塾説はインフルエンサー・マーケティングである」説
 これがが正しいとすれば、主催する学校側もそこを十分に意識した方法論を考えなければならない。

 出席者が多ければ塾説が成功したと言えるのか。

 出席者の頭数が多ければ何となく気分はいいが、受験生の意思決定に強い影響を与える人物、すなわちインフルエンサーがどれだけ出席してくれたかのほうが、よほど重要である。塾生を一人も送り込んでくれない人物(塾長)が何人来てくれたって募集の力にはならない。
 ブログやラインやツイッター、あるいはその他の手段で、好意的な情報発信をし、受験者増につなげてくれる人は歓迎だが、何のアクションも起こしてくれない人や、ネガティブ情報を発信するような人はお断りだ。
 極端な話をすれば、インフルエンサーをたった10人集めて情報を伝えたほうが、そうではない人を100人集めるよりも効果的だ。コスパ(コスト・パフォーマンス)もその方が圧倒的によろしい。

 結論として。
 インフルエンサーを一人でも多く集めましょう。

 せっかくインフルエンサーにたくさん集まってもらっても、かれらが思わず人に伝えたくなる魅力的な情報を発信しなければ意味がない。
 塾説なんだから、塾の先生に理解してもらえばいいだろうではダメだ。学校にとって真の顧客は、塾の先生のその先にいるのだから、この話が塾の先生を通して、受験生・保護者にどう伝わるかを意識した説明が必要だ。
 塾に戻って、どの話をどう伝えてほしいのか。そこまで計算した説明になっているかな?

 元々頭の良い先生たちなのだから、この程度のヒントがあれば、いろいろ考えてくれるだろう。

真実も100回言わないと本当にならない

 「嘘も100回言えば本当になる」。
 ナチス・ドイツの宣伝担当相・ゲッペルスの言葉という説があるが、研究したことはないので、正確なところは分からない。
 ただ、よく使われる言葉であることは確かだ。

 マスコミによる安倍政権に対するネガティブキャンペーンを見ていると、この「嘘も100回言えば本当になる」の手法を用いているように思えるが、それはさておき、われわれには何度も繰り返し同じ事を聞かされると、たとえそれが嘘や明確な根拠のないものであっても、次第に真実だと信じ込んでしまう傾向はあるようだ。

 さて、ここからは学校や塾の広報の話である。
 「嘘は~」の話は一旦頭から消してもらおう。
 私が提案したいのは、「真実も100回言わないと本当にならない」である。
 
 選挙の時、候補者が名前を連呼する。CMで繰り返し商品名を流す。
 しつこいと思われそうだが、結局、これが一番の方法なのだ。
 口では「もっと政策について聞きたい」とか、「商品の詳しい説明を聞きたい」とか言っても、それをやったら、今度は「難しくて分からない」と言い出すに決まっている。

 先生方は、ていねいに、詳しく説明する。
 職業上身についた習慣だ。
 授業ならそれでいいかもしれないが、広報や営業活動では逆効果になる場合もある。

 ていねいに、詳しく説明したとき、聞き手の心に残るのは、ていねいに詳しく説明してくれたという態度についての印象だけで、内容は残らない。
 それはそれで、一つの効果であるから、一概に否定するものではないが、自校(自塾)のアピールを考えるなら、できるだけ単純なフレーズにして、それを何回も繰り返したほうがいい。または、いろんなことを1回ずつ言うより、一つのことを何回も言ったほうがいい。

 新年度に入り、各地で進学フェアが開かれ、学校説明会も本格化する。
 これは前に言ったからとか、毎回同じセリフで飽きられるんじゃないかと躊躇せず、アピールポイントは何度でも繰り返そう。100回ぐらい言うと、聞き手のほうも、「これはよほど大事なことなんだ」と思ってくれる。

プロフィール

梅野弘之

Author:梅野弘之
受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

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