加須こいのぼりマラソンは高校生も参加して賑やか

 昨日は、加須こいのぼりマラソン大会(ハーフマラソンの部)に参加した。
 以前にも紹介したが、この大会の10キロ・5キロの部には毎年、地元の県立不動岡高校、開智未来高校の生徒たちも参加する。この大会が、学校行事であるマラソン大会(長距離走大会)を兼ねているわけである。
 
 学校のマラソン大会は、そのために交通規制ができるわけではないので、なかなか学校の周辺というわけには行かない。開催場所に苦労する。
 その点、市が主催する大会であれば、街中の信号も止めて、公道のど真ん中を何の心配もなく走らせることができる。大会運営は大勢のボランティアの皆さんが協力してくれる。距離やタイムの計測も正確だ。
 この大会は、時期が12月、発着点も駅から近いということで、不動岡や開智未来にとって何かと好都合なようだ。

 いっそ花咲徳栄高校にも参加してもらって、加須市内3校揃い踏みというのも面白いが、生徒数1500人を超える同校が参加すると、大会のキャパを超えてしまいそうだ。だからといわけでもないだろうが、今年の大会には同校野球部の部員たちが大挙して参加していて、地元の人たちにも喜ばれていた。

 加須こいのぼりマラソン01
 加須こいのぼりマラソン02
 加須こいのぼりマラソン03



年をとると新語・流行語を使わなくなるものだ

 今年もユーキャン新語・流行語大賞が発表された。
 年間大賞に選ばれたのは「忖度」と「インスタ映え」。まともじゃないか。
 だが、「忖度」はともかく、「インスタ映え」は、われわれ年寄りは使わんな。

 珈琲店で。
 私「コーヒーとスフレパンケーキ、一応写真撮っとくかな。でも、いまいちインスタ映えせんよな」
 友人「インスタントより旨いだろう」
 私「いや、そういう話じゃなくて…」
 と、こんなかみ合わない会話になる。

 今回、新語・流行語とされた言葉を、このブログでどれだけ使ったかを調べてみた。
 まず年間大賞の「忖度」。
 3件見つかった。
 「インスタ」は2件ほどヒットしたが、「インスタ映え」は0件。

 トップテンに選ばれた言葉では、「プレミアムフライデー」が4件、「〇〇ファースト」が1件。「プレミアムフライデー」には、よほど恨みつらみがあるようだ。
 それ以外の「35億」「Jアラート」「ひふみん」「フェイクニュース」「Jアラート」「睡眠負債」については、知らない言葉はなかったが、ブログでの使用は0件。

 候補に上がった言葉では、「うんこ漢字ドリル」「働き方改革」「アウフヘーベン」が使用されていた。さすがにこのレベルには、聞かれても説明不能な言葉も多かった。

 このブログは、毎日書いているとはいえ、教育や受験がメインテーマなので、まあこんなものかと思う。

 教員だった若いころだったら、世の中で話題になった言葉は、日々の授業などでほとんど使ったと思う。年をとると同じ話ばかりすると言われるが、使う言葉が増えないんだからそうなるだろう。
 逆に言えば、新しい言葉をどんどん取り入れれば、若い人から同じ話ばかりと言われないかもしれない。ただし、これも注意しないと、無理してるとか痛すぎるとか言われるそうだ。

成績は高めにつけたほうが後々いいことありそうだ

 学校の先生の仕事には、評価をつけるというのがある。通信簿の成績だ。
 高校は昔から絶対評価である。5や4をつける割合は決まっていない。

 私は最初、どうやってつけるか分からなかった。評価の付け方なんて大学で習ってないし、新任教員の研修にもなかった。仕方ないから先輩教員に教わって見よう見まねでつけた。昔の教員なんて、そんなもんだ。

 そのうち、だんだんと自分なりのつけ方が分かってきた。
 若いころの私は何かと生徒には厳しい教員だったと思う。いや、厳しいを通り越して恐ろしい教員だったかもしれない。
 だが、意外や意外、評価は優しい。クラスの半分以上は5か4だ。1はいわゆる赤点で進級・卒業にも関わるから原則としてつけない。2もほとんどつけない。当時は45人学級だったが、40人学級に換算すると、5が8人、4が12人、3が20人、それ以下なしというようなつけ方だ。
 
 迷ったらワンランク上。
 私の場合、実技教科ではないので、ほとんど定期考査の点数でつけるのだが、微妙なラインに乗ってくる生徒がいる。さて、こいつは4かな5かな。点数的には足りないんだが。というようなときは、「えーい面倒だ、5にしてやろうじゃないか」と、上の評価をつける。

 終業式の日、生徒は通信簿を開けてみてビックリ。「おいおい、世界史5取れちゃってるよ。絶対無理だと思ってたのに」。

 どうだ、嬉しいだろう。でもまだオマエはオレの仕掛けに気づいていない。

 次の学期。
 予想外の5を手にした生徒はどうするか。せっかくもらった5を守りたいと思う。勉強がんばる。文句なし5の点数を取る。
 むろん、そうならないケースもある。この程度で5を取れるのかと手抜きをしてくる生徒だっている。その時は容赦なく下の評価だ。オマケが2回続くと思うなよ。

 しかし経験上、ほとんどの生徒は、良い成績をつけた方が、もっとがんばるようになる。

 数十年後のクラス会。
 「俺、日本史は結構得意だったから、今でも歴史の本はものすごく読むんですよね。その影響もあるみたいで娘も好きなんですよ」。
 しまった。クスリが効きすぎてしまった。子どもにまで影響しちまったか。
 しかし、今さらオマエが日本史得意なのは錯覚だとは言えんしな。

 2学期末である。
 評価ひとつが目の前の入試にも影響するし、もしかしたらその後の人生に影響を及ぼすかもしれない。
 評価される側からは、一言も二言も言いたいことはあるだろうが、評価する側の先生たちだって、いろんなことを考え、悩みながら成績をつけているのだ。

面談は先生も疲労困憊、健康に注意して

 高校受験生は、志望校決定のシーズンだが、生徒の中には、決められる子と決められない子がいる。

 私の場合は高校教員だったので、大学受験の話になるが、自分から相談に来る子は割と楽だ。「迷ってるんです」という言葉とは裏腹に、実は自分の中ではほとんど決まっている。ただ、ちょっとだけ不安が残っている。だから、「大丈夫。それでいいと思うよ」と、ポンと背中を一押ししてやるだけでいい。

 ところが、教員なりたての頃は、「迷っているんです」を真に受け、余計な情報を吹き込んで、せっかくの決心に水を差してしまったこともある。この子本当はどうしたいんだろうということに思いが至らなかったんだね。バカみたい。

 生徒の決定を尊重する。
 いかにも生徒思いに聞こえるが、決定がもたらすその後の人生にまで責任は持てないわけだから、自身で決めてもらうしかない。
 だが、明らかに「その決定は違うんじゃないの」とか、「その決め方おかしくないかい」という場合もある。

 「どう考えたって無謀な挑戦だ。受験料無駄にすんじゃない」
 「もうワンランク、いやツーランク上げたって合格するぞ」
 「そこじゃスベリ止めにならんぞ。滑って転んで骨折って、それでも受かるのがスベリ止めだ」
 「そこ出て就職どうすんのよ」
 いずれも言った覚えのある科白だ。

 だが、こう言ってしまったら、生徒も引くに引けないから、ああでもないこうでもないと自分の正当性を言い募る。意固地になる。
相談決裂。

 年数を経ると、こっちのやり方も巧妙になる。
 初っ端から「そりゃ、まずいよ」ではなく、まず「なるほど。いいんじゃないの」と出る。「受容」という相談の基本技だ。
 それにしても、生徒の矛盾に満ちた、底の浅い、近視眼的な話を我慢して聞けるようになるまでに、どれだけの年月を要しただろう。

 よくよく考えてみれば、戦いの場は目指す学校の入試であり、真の戦いの相手は他の受験生だ。生徒と親と先生は、敵同士ではなく味方同士だ。それが本番前に揉めているようでは勝ち目がない。

 学校や塾の先生は、これからも面談・相談が続くと思う。
 面談・相談から受ける精神的・肉体的ダメージは、経験のない人には分からんだろうな。授業の方がよっぽど楽だ。

 ということで、師も忙しく走り回る「師走」を迎えて、先生方にはくれぐれも健康に留意し、ますます頑張っていただきたいという応援メッセージであった。


追伸:ブログデザインをクリスマスバージョンに変更しておいた(PC版のみ)。

学級は大人数でも、学習が少人数であれば

 今さらながら少人数教育について語ろうと思うのだが、まず私の頭の中では、「少人数学級」と「少人数教育(指導)」は、はっきりと区別されているのだということを断っておこう。もちろん私だけの勝手な区別だが。

 学級(クラス)には二つの側面があると考えられる。一つは学習集団としての側面であり、もう一つは生活集団としての側面である。

 学校は勉強ばかりしている場所ではない。生徒にとって一日の大半を過ごす生活の場でもある。
 毎日弁当を喰ったり、文化祭に参加したり、体育祭や球技大会を戦ったり、修学旅行を楽しんだりといった勉強以外の活動では、ふつうは学級(クラス)が単位となる。

 そう考えると、人数が少なければ少ないほどいいとは言えず、むしろ、ある程度人数がいたほうが面白くて楽しい。
 ということで、生活集団としての学級(クラス)に関しては、少人数を目指すべき積極的な理由は、私には見いだせない。

 一方、学習集団としての学級(クラス)に目を向けた場合は、それなりに効果が期待できそうだ。
 ちなみに、私が現役高校教員だった時代は生徒急増期だったこともあり、1クラス45人が普通だった。つまり私は、10人、20人という少人数指導は経験したことがないのである。

 想像するに、45人が40人や35人になったところで、それほど成果は期待できそうもないが、半分の20人以下になれば、それなりの効果は期待できそうだ。もちろん、個々の生徒の学力や学習意欲、それに、教える側(先生)の少人数指導に対する熟練度、さらには教科の特性なども問題になるのだが、いずれにしても、学習集団というところに目を向けた場合、少人数は効果ありとしておこう。

 生活集団としての学級(クラス)は大人数で、学習集団としての学級(クラス)は少人数でということが可能なら、私はこの方法を選びたい。
 あとは、習熟度別をやるにしても、TT(ティームティーチング)やるにしても、教室数という物理的な制約と、人件費という経済的な制約をどう乗り越えるかである。

main_line
main_line
プロフィール

梅野弘之

Author:梅野弘之
受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
当ブログを訪問された方
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード