「忘れる力」が伸びたのか、「覚える力」が衰えたのか

 セブンイレブンに行って700円以上買い物するとくじが引けて、当たると何か商品がもらえる。

 「あれって、よく当たるよな」
 志村「えっ? 僕まだ当たったことないですけど」
 「嘘だろう。2回に1回、というのは大げさにしても、3回引けば1回は当たるぞ」
 志村「信じられません。どうしたら当たるんですか」

 どうしたらと聞かれたって、クジなんだから、運不運としか言いようがないな。
 まあ、それがコツと言えるかどうか分からんが、面倒だから一番上のを引いてるだけなんだけどな。どうせ、前の人がかき混ぜてるわけだし。

 志村「そうか。一番上か」
 「いや、そういうことじゃないよ。こういうのは、当たると思って引くと不思議と当たるんだ」
 志村「なぜでしょう」
 「科学的根拠はないが、なぜかそういうものなんだ」

 だがもしかしたら、ハズレのことは都合よく忘れていて、当たったことだけ覚えているから、それで自分の中では当選確率が高くなっている可能性もある。

 私は先生グセが抜けないから、失敗を反省しろと言いたい方だが、失敗はさっさと忘れるというのも、人生においては、なかなかに優れた解決法なのだ。
 失敗に学ぶのも大事なんだが、あんまりそっちに引きずられるのも考えものだ。

 忘却力。ってものがあるのかどうか分からんが、「忘れる力」は大切だ。
 私は最近富に「忘れる力」に磨きがかかったように思う。精進の賜物だ。

 いや待てよ。これは「忘れる力」が伸びたんではなく、「覚える力」が衰えたのかもしれない。どうもその可能性の方が高いな。
 でもまあいいか。

 失敗にせよ成功にせよ、過去はかなぐり捨てて、今日これからのことを考えたほうが、生き方としては数倍よろしい。

 セブンイレブン無料引換券
 今週の当たり券

招待と接待はセットなんだぞ

 わが社の志村くんは、自由奔放なのはいいが、いささか常識に欠けるので弱ってしまう。
 今日の話だ。

志村「例の公演の件ですが、ご都合はつきますか?」
「ご都合はつかなくもないんだが…」
志村「いや、お金はいいんです。無料でご招待しますから」
「バーカ。俺が5千円で悩むと思ってるのか。無料招待って言ったって、結局はご祝儀とか楽屋見舞いって形でチケット代以上を払うんだ。それも含めて、金で悩んでるじゃねえ」
志村「えっ、ちょっと待ってください。ご祝儀が必要なんですか?」
「当ったり前だろう。社長が社員の身内の舞台を見に行くのに、手ぶらで行けるわけねえだろう」

 こいつ、年齢行ってる割には、世間の常識ってものが分かっていない。ご招待ってものの意味が分かっていない。

志村「タダなら、いいと思ってました」
「それだけじゃないぞ。招待したら接待しなけりゃいけない。招待と接待はセットだ」
志村「と言うと?」
「関係者に紹介して、役者と記念写真の一枚も撮らせて、帰りには手土産の一つも持たせて、場合によっては食事かお茶でも御馳走して、これで完了だ」
志村「結構大変なんですね」
「だろう。だから、それが分かっているから、招待される方も、お金を包んで持ってくの」

 志村くんは、前の会社にいたときに、「無料ご招待の映画試写会」という企画をやっていたが、あまり成功を収めていない。
 そりゃそうだ。招待と接待はセットだっていうことを分かってなかったんだから。

 というわけで、お金の問題ではなく、せっかくの連休に非常識な志村くんとガマンして付き合うべきかどうかを悩んでいるのだ。

忘年会なしの穏やかな年末

 忘年会の季節であるが、酒嫌い、カラオケ嫌い、人付き合い嫌い、を公言している私には一向に声はかからず、おかげでノンビリとした年末を過ごしている。

 さてと。わが社の志村クンが忘年会の司会を頼まれたという。
●司会者
志村「司会って難しいですよね」
「技術だけじゃなく患者とのコミュニケーションも大切らしいな」
志村「いや、その歯科医じゃなくて。宴会の進行の方で」
「ああ、それなら得意だ。教員の頃は『司会科』と呼ばれてたくらいだ」
志村「社会科じゃなくて」
「そっちはあまり得意じゃなかった」

●決まり文句
志村「で、最初の挨拶って言うんですか。それは何と言ったら…」
「こういうのは決まり文句っていうのがあるんだ。『本日はご多忙の中、かくも大勢の方にお集まりいただき、誠に有難うございます』みたいな」
志村「ああ、よく聞きますね」
「本当は暇だから来てるんだけどな」

●自己紹介
志村「司会者として、自己紹介しますよね」
「そう。必ず『申し遅れましたが』って言うんだ」
志村「最初に言っちゃいけないんですか」
「いきなり申し遅れちゃまずいだろう。少し経ってから、あっ、いけねえ、名前を言うのを忘れてた、っていう雰囲気を出すんだよ」

●挨拶
志村「乾杯の前に、エライ人の挨拶ですね」
「下手なクセしてやたら長いヤツがいるよな。こっちは『一言、ご挨拶を』って、言ってんのに。講演会聞きに来てんじゃねえよ」
志村「長そうな人の場合、どうしたらいいですか」
「そうだな。逆に『では、会長のご挨拶を。持ち時間は1時間です。皆さんにとっては、1時間の待ち時間になります』とでも言ってやれ」

●乾杯
志村「次に乾杯の音頭ですね」
「以前、体温計持って来てコップに挿して『え~、それでは乾杯の温度』ってやったヤツがいたが、全然受けなかったな。みんな早く飲みたいんだから、さっさとやれよ」

●中締め
志村「で、あとは成り行きにまかせて、最後は締めの挨拶ですね」
「締めでもいいが『中締め』と言ったほうがいいな。後輩に年中、中締めを指名されるヤツがいたんだ。名前が中島なんだよ」
志村「アハハ、『中島の挨拶』。受けますね」
「受けねえよ。受けても1回だけだ」

●宴たけなわ
志村「よく『宴たけなわですが』とか言いますよね」
「以前、『宴、高輪プリンスホテル』とか言って、受けを狙ったヤツがいたが、会場は白け切ったよ」

●手締め
志村「手締めは必要ですよね」
「正式には三本締めだろうな。『シャンシャンシャン シャンシャンシャン シャンシャンシャン シャン』を3回」
志村「1本締めで『イヨ~、パシッ』でもいいですよね」
「そいつは一丁締めだな。または関東一本締め。1本締めは、三本締めを1回で済ませることだ」
志村「指を1本ずつ増やすのがありましたね」
「ああ、『一つ目上がり』な。1本指、2本指って増やして行って末広がりって、あれだ。たいていは目立ちたがりがやるんだよ。『オイラ、ちょっと人と違うだろう』って、たかが忘年会で個性出してどうする。普通にやれよ」

 と、宴会嫌いの割には、妙に宴会にうるさいのである。

お金は互いの能力交換をスムーズにするための道具に過ぎない

 毎日ブログを書いていると、あれ、この話前にも書いたかなと思うことがたびたびある。

 今日は、「お客はエラクないんだぞ」という話を書こうと思ったのだが、いや待て、前に書いたような気がすると調べてみたら、やっぱりあった。
  2014年11月11日付記事「客のくせして威張るんじゃねえ

 今朝のことである。
 会社で必要な帳票類をわが社の志村くんが電話で発注していた。私はその言葉づかいに引っかかった。

「今、『いつ届くの?』って言ったろう。その言い方、変だと思わないか」
志村「いや、別に普通だと思いますけど」
「だったら、自分の頭の方が普通じゃない。『いつ届きますか?』と言うべきだ」
志村「でも、こっちがお客ですから」
「そうか。やっぱり、そう考えていたか」

 仕事でお金をいただく立場のときは、前かがみになり、お金を払う立場になったときは、今度はそれと同じ角度だけふんぞり返る。そういう人付き合いをしてきたわけだ。
 この態度。すべては、お客の方がエライ、金を出す方がエライという考え違いから発している。

「物々交換って分かるよな」
志村「貨幣のない時代ですね」
「肉を手に入れようとしたら、それと同程度の価値を有するであろう野菜を相手に差し出す。まあ、等価交換っていうことだな。で、この時、どっちがお客になるんだ? あるいは、どっちがエライんだ?」
志村「う~ん、どっちとは言えないですね。お互いにお客なわけだし。まして、どっちがエライとかは全然ないです」
「では、野菜の代わりに、肉とお金の交換になったらどうだ。その瞬間、お金を払った側がエラクなるのか」
志村「そう言われると難しいですね。でも、野菜に代わりにお金を使っただけですから、エラクはないと思います」

 以上が、お金を払う側がエライわけじゃないという私なりの理屈である。

 一人の人間が自前でできることなど高が知れている。
 お互いが持てる能力を相互に提供しあうことで豊かな生活が保障される。お金なんてものは、その能力の交換をスムーズに行うための媒介手段に過ぎないのだ。

 よって、他人はどうあれ、私自身は、お金を払う立場だからといって、エラそうに振る舞うことはしない。

笑いながら話す人の心理

 わが社の志村くんは「笑いながら話す人」である。

 「笑いながら怒る人」というのは、若い頃の竹中直人の持ちネタであるが、今の人は知らんだろう。が、今日はそっちじゃない。

「真剣な話をしてるんだ。笑いながら話すんじゃない」
志村「はっ? 笑ってませんけど。ハハハ」
「おいおい、正気か。自分が笑ってることを自覚してないのか」
志村「全然そんな気ないんですけど。ヒヒヒ」
 「怒りながら話す人」である私と、「笑いながら話す人」である志村くんは、毎日こんな会話を繰り返している。

 仕事中、社内で雑談めいた話をしないわけじゃない。そんなときに笑顔や笑い声があっても構わない。だが、そうじゃない真面目な会話のときも、顔が笑っている。声が笑っている。

 本人に自覚がないということは、営業先でもそうしているのだろう。そこが問題だ。

 専門家ではないので確かなことは言えないが、笑顔や笑い声を交えて話すのは、おそらく自己防衛の手段なのだ。
 相手の反論や、鋭い指摘を緩和したいという心理。

 「いや、ボクそんな本気じゃないから、厳しいツッコミやめてね。軽く言ってみただけだから、間違ってても怒らないでね」。

志村「そんな気持ちはないですけど。フフフ」
「意識の底にあるから、自覚してないだけだ」
志村「どうしたら治りますか。へへへ」
「少なくともビジネスの場面で言えば、自信を持って話せるだけの知識や経験を持つことだ」
志村「時間がかかりますね。ホホホ」

 というわけで、「怒りながら話す人」である私と、「笑いながら話す人」である志村くんとの会話は延々と続くのであった。
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梅野弘之

Author:梅野弘之
受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

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