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私立決めは大事だが、公立対策を忘れるな

 予告したとおり昨日は予定通り越谷で行われた「入試ファーストナイン」に行ってきた。
 雨の中、4000人近い来場者があったようだ。

 私立高校ブースには長蛇の列ができる一方、公立高校ブースはやや閑散としていた。
 受験生の7割以上が公立を第一希望としているのだから、もっと公立ブースがにぎわっても良さそうだが、この時期の受験生の関心は、主に私立併願校の「確約」を取ることに向いているようである。

 こうした動きは、これから11月いっぱい、人によっては年末まで続く。
 私立を中心に考えているなら、それでも構わないが、公立が第一希望の場合、その対策がおろそかにならないか心配である。

 何度も言い、何回も書いていることであるが、公立の過去問演習は効果がある。唯一無二の対策と言っていいほどだ。
 ※唯一無二(ゆいいつむに)=この世にただ一つしかないない

 それほど効果のある過去問演習を全然やらず、冬休みあたりになって、「私立の併願も決まったし、そろそろ公立過去問でも始めるか」というのでは、とても本気で公立を狙っているとは言えないだろう。

 現在の埼玉県の高校入試の仕組みを考えると、併願である(第二志望以下である)私立高校決めに多くの時間を費やさなけらばならないのは、やむを得ないが、本命である(第一志望である)公立高校対策がおろそかにならないようにしたいものだ。

「単願」に潜む危険性

 志望校調査。
 先生的に言うと、この種の調査は、生徒の受験への動機づけとして結構効き目がある。これを機に急に勉強を始めるというほどではないが、「ちょっとは真面目に考えなきゃいけないよな」というぐらいの気持ちにはなるものだ。

 埼玉県ではこの時期、全県的な志望校調査が実施される。(10月1日現在調査)として結果が公表されるのは11月の初めだ。当然倍率も出るわけで、受験生の心はわさわさと揺り動かされ、「さあ頑張らなきゃ派」と「もういいや派」とに分かれて行くのである。

 私立高校の場合、推薦入試があり、その中に「単願(たんがん)」という制度を組み込んでいることが多い。一校だけに願書を出すから「単願」。
 何とかしてよとお願いするのは「嘆願」。

 制度・仕組みがある以上、それを利用するのは悪いことではない。通常は、「併願」より合格基準が下げられているから、ワンランク上の学校に入れるかもしれない。

 ただ問題点もある。
 埼玉の私立高校では、事実上の合格内定をかなり早い段階で出していることが多い。世にいう「確約」である。もちろん試験の出来が極端に悪ければ、落とされるわけだが、まあレアケースである。

 「単願」を選択すると、公立は受けないということであるから、3月を待たず、来年1月中旬で受験は終了する。さらに言えば「単願」の「確約」があれば、気持ちの上では年内に受験は終了する。
 問題はここだ。

 一方に、3月の公立受験を目指し、これから本気になって勉強する生徒がいる。本番が近づくにつれ、多くの受験生は、「今までこんなに勉強したことはない」と感じることだろう。ところが、「単願」で「確約」を取ってしまった生徒は、どこか気の抜けた勉強になる。

 両者の差は、来年4月の高校入学後にはっきり現れる。
 しばしば高校の先生が、「こんな出来ない子をとったつもりはないんだが」と頭をかかえているが、「出来ない子をとった」のではなく、「とった子が出来なくなった」のである。

 前述したように、「単願」の仕組みは活用していいが、そこに潜む危険性を強く自覚しなければならない。
 私立高校側も、「単願」の生徒の学力が下がらないように、いろいろ工夫をこらしているが、入学前の指導には限界がある。
 私は、ここにも塾の先生方の出番があると思うが、いかがなものだろう。

埼玉では、なぜ「確約」が広まったのか(3)最終

 「確約」ネタが4日も続いたので、今日で一区切り。

 私立にとって募集の成否は死活問題であるが、「公立王国」と呼ばれる埼玉において、歴史の浅い私立は常に劣勢に立たされてきた。「確約」が広まった背景には、こうした力関係がある。

 11月初めに進路希望状況調査(10月1日現在)の結果が発表されるが、昨年はこの時点で、公立希望者86%、県内私立希望者14%という状況だった。この14%の中には、系列中学校の生徒も含まれるから、公立中学校卒業生に限れば、この差はもっと開くだろう。昨年の県内私立の総募集人員は1万7千人であったが、秋の時点では約8千人しか希望者がいないという状況なのだ。

 結局、多くの私立は、第一希望が公立である受験生の「すべり止め」の役割を果たすしかなくなる。秋の時点で約5万人の公立希望者がいても、公立の総募集人員は約4万人であるから、差し引き1万人は、公立に入れないということになる。ここに手を差し伸べるのが、「併願を認める推薦入試」というシステムなのだ。

 受験生が、いわゆる「すべり止め」を受けるのは当然だろう。中学入試だって大学入試だって、そういうことになっている。
 「すべり止め」である以上、受験生側から見た場合、絶対に受かるとか、ほぼ確実に受かるという見通しがなければならない。その見通しを示しているのが、いわゆる「確約」というものである。

 ただし、「確約します」と言っている私立はない。見通しを示しているだけだ。私は、私立がそういう見通しを示すことが、それほど悪いことだとは思わない。

 ただ、その見通しを示す際に、特定の業者テストの偏差値のみを「ものさし」にするのはどうかと思う。事実上、そのテストを受けることが、出願条件になってしまっている。もっとも、私立の入試は、ある程度自由に行われていいわけだから、「〇〇社のテストを年〇回以上受けること」と、出願条件に明示するなら、それはそれでいいかもしれない。

 しかし、それよりも、中学校の調査書でも、近年広がった、いわゆる「公的テスト」でも、あるいは他の何かでも、本人の実力や努力の結果を示す資料があれば、それを「ものさし」として見通しを示すというほうが、親切ではないかと思う。

 で、そろそろ話をまとめなくてはならないが、私は、行く行くは私立も学力試験の結果で合否を決める本当の意味での入試を行ってもらいたいと思っている。

 いまのシステムは、簡単に言えば「公立が第一希望、私立はすべり止め」という構造の中で成り立っているわけである。
 だから、「私立が第一希望、公立がすべり止め」という受験生が増えてくれば、「併願を認める推薦入試」だとか「確約」だとかは、自然消滅するはずである。

埼玉では、なぜ「確約」が広まったのか(2)

 昨日までの話では、まだ私立高校が登場していない。

 またまた古い話で恐縮だが、今から49年前、私は県立高校を第一希望として受験した。
 北辰テストは校内で受けていたが偏差値はまだ使われていなかった。担任は、校内順位からみて大丈夫だと言った。そういう時代である。
 担任は、一応「すべり止め」を受けておくべきだと言い、都内の2校を挙げた。当時は県内には私立がほとんどなかったので、それが普通だった。
 そのうちの1校を受け、試験の翌日か翌々日に合格通知が届いた。親はとりあえず喜んだが、担任は特に何も言わなかった。事前相談で結果を知っていたからだ。

 つまり、今で言う「確約」ないしはそれに近いことは、ずっと以前から行なわれていた。ただ、「確約」という言い方はなかった。また、高校側と相談するのは、塾でも受験生本人でもなく、中学校の先生であった。

 では、今日のように、受験生本人が私立高校と直接相談して「確約」をもらうというシステムはどのように始まったのか。

 私立高校は、中学校との事前相談ができなくなった後、ただちに受験生本人を交渉相手に切り替えたかというと、そうではなかった。だから、しばらくの間、明確な「確約」のない時期が存在した。
 そうすると受験生は「すべり止め」を複数校受けることになる。絶対受かると思われる学校と、もしかしたら落ちるかもしれない学校という形だ。
 最近の受験生は、「すべり止め」の私立を落ちるという経験をしたことはないだろうが、そんな時代もあったのだ。

 さて、先を急ごう。
 県内の一部の学校が、「併願を認める推薦入試」というものを始めた。
 推薦入試というのは、本来中学校長の推薦があれば100%合格する入試である。合格を保証する代わりに1校しか受けない。受かったら入学する。これが推薦というものだ。

 しかし、この「併願を認める推薦入試」というのは、これまでの推薦の常識をくつがえすものだった。受かっても入学しなくてもいい推薦、という新しい考え方だ。
 この場合、併願する学校とは公立なのだが、先に私立の入試が行われ合否が決まり、本来ならここですぐに入学金を払って手続きをするべきなのだが、公立の合否が決まるまで待ってもらえるという、受験生にとってはまことに好都合なシステムが考え出されたのだ。

 すると、そういうシステムのある私立に受験生が集まるから、他の学校も追随し、ついには早稲田・慶応・立教といった一部有名私立を除く、ほとんどの私立が取り入れることになった。

 さあそうなると、私立同士、「併願を認める推薦入試」でどれだけ受験生を確保するかの争いになる。
 そこで、いよいよ「確約」の登場である。

 「併願を認める推薦入試」が、確実に合格を保証する入試とイコールになって行くのである。
 受験生にとっては、絶対に受かる入試であるから、さらに有難い。
 私立としても、「確約」を与えることによって、自校だけを受けてもらえれば、より確実に受験生を集められる。
 ここに、双方にメリットがあるシステムが完成されたのである。

 また明日も続きそう。

埼玉では、なぜ「確約」が広まったのか(1)

 引き続き「確約」の話である。

 今や平成生まれが学校や塾で教壇に立つ時代であるから、今日はちょっと昔話をしようと思う。

 平成4年(1992年)、当時の埼玉県教育長であった竹内克好氏が、「中学校における業者テストを廃止し、偏差値を使った進路指導をやめる」ようにとの指示を出した。
 これがきっかけとなり、翌平成5年(1993年)、旧文部省(鳩山邦夫文部大臣)が、全国に同趣旨の指示を出した。
 今日、「業者テスト追放」、「偏差値追放」などと呼ばれるのは、このことを指している。

 業者テストとは、言うまでもなく北辰テストのことである。当時、県内のほぼすべての中学校が、学校内で実施しており、進学指導の重要な資料として使われていた。

 竹内克好氏は教員出身ではなく、したがって、教育についてはほぼ素人同然であったので、業者テストを追放すれば、理想的な進路指導が行なわれると勘違いされたのだと思うが、はるか昔に引退された方なので、今さらの批判はやめておこう。

 さて、これによって、中学校は進路指導の重要な資料を失ってしまった。

 もしもこの時に、業者テストに代わるもの、たとえば全県一斉テストのようなものが実施されていれば、まったく異なる展開になったと思われるが、それはなかった。もっとも、偏差値とか順位とか点数、つまりテストの結果で進路を決めるのは良くないというのだから、代わりのテストなど行なわれるわけがない。

 北辰テストはしぶとかった。
 私立学校を試験会場とするテストとして再出発した。まあ、合否の判断材料が欲しいという受験生や保護者のニーズが現実にあったわけだから、そのような形になるだろう。
 テストは個人で申し込むこともできたが、塾からの申し込みが主流になった。中学校から追放されてしまったわけだからこれもそうなるだろう。

 それまでの塾は、進路指導に直接に関与する存在ではなかったが、合否の判断材料が、中学校にではなく、塾にフィードバックされるのであるから、次第に、関与の度合いを増していったのは当然の帰結と言うべきであろう。

 ところで、「業者テスト追放」、「偏差値追放」の陰で意外と知られていない事実があるので、今日は最後にその話をしておこう。

 平成9年、埼玉県中学校長会から、中学校教員による私立高校側との「事前相談」を禁止するという内容の通知が出された。
 それまでは、中学校教員が私立高校に出向いて、受験する予定の生徒の合否の可能性を事前に話し合っていたのだ。つまり、今でいう「確約」は、中学校の先生がもらってくるものだったと言えば分かりやすいだろう。

 しかし、これが禁止された。中学校校長会の通知であって、法律でも条令でもないのだが、強制力をもつものと解され、以後、中学校の先生が私立高校に足を踏み入れることがなくなった。その結果、中学校は、私立高校の情報も失うことになった。

 こうして、平成10年代以降、私立高校の情報は、受験生・保護者が説明会などに参加し、自ら集めるものという、現在の形が出来上がって行くのである。
 そして、資料もなく情報もなくなった中学校は、進路指導の場から撤退し、塾がそれらの機能を代替するようになったのである。

 明日に続く。
プロフィール

梅野弘之

Author:梅野弘之
受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

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