ついにその時がやって来た

 ついにその時がやって来た。
 明日、埼玉県公立高校入試(学力検査)。

 今日までの自身の行動に悔いはないか。反省はないか。
 そりゃあ、あるに決まっている。そういう気持ちがないと人間は成長しない。満足した瞬間に進歩は止まるのだ。

 が、その一方で、自身を肯定することも大切だ。
 考えれば反省すべき点も多々あるが、それでもまあ、よく頑張ってきたじゃないか。そういう気持ちも持つべきなのだ。
 反省は結構だが、あまりに自分を否定的に見過ぎるのはよくない。
 自分に厳しいだけが能じゃないぞ。

 今晩は早く床に就け。
 寝付けなくても身体は横にしておけ。それだけで身体的疲労は十分取れるそうだ。
 目をつぶれ。目からの情報が入って来ると、その情報を整理しようと脳が働いてしまうから、とにかく目は閉じろ。耳までふさぐことはない。

 明日の朝、家を出るときは、そうだな、両親でも、ジジババでも、兄弟姉妹でも誰でもいいから、ハイタッチでもしてパワーをもらったらどうだ。
 なんならハグでもいいぜ。

 今日は早い時間の更新となった。

本番直前、もう勉強はやめだ

 直前に頑張り過ぎると、ろくなことはない。
 これは、いやというほど失敗を繰り返して後の結論である。年寄りの知恵というやつだ。

 一昨日フルマラソンを走った。
 直前1週間は、まったく走らなかった。これが功を奏した。

 以前だったら、直前になって早めに走るとか、長めに走るとか、そういう練習をしていた。一夜漬けみたいな練習に何の効果もないことは分かっていたが、安心したかったのだ。「大丈夫、行ける」、そう確信したかった。

 結果、故障を悪化させたこともあったし、後半のバテにもつながった。
 本番で爆発的な力を発揮するためには、適度な休養が必要である。頭では分かっているのだが、「安心を得たい」という誘惑に勝てなかったのだ。なんとバカな真似を…。
 しかし、何度も失敗を重ねる中で、本番前には練習より休養を重視するスタイルが身についてきた。

 マラソンと受験をまったく同じに考えるわけにも行かないが、頭も人間の身体の一部であるから、本番で大活躍してもらうためには、休養を与えてやったほうがいい。
 もう勉強はやめだ。

倍率のことは頭から消すしかない

 少しでも安心したい受験生のため。
 倍率はもうこれ以上、上がることはない。下がることはあっても上がることはない。

 理由1。
 事前に受験を取りやめる人がごく少数だがいる。やっぱり私立に行くことにしようと考えを変えた人だ。また、どんな事情かわからないが、当日欠席する人がわずかながらいる。
 理由2
 募集人員以上に合格者を出す学校がある。特に、倍率の高い上位校では近年そうした傾向が見られる。募集人員が360人(40人×9クラス)だったらプラス9人とか、320人(40人×8クラス)だったらプラス8人といった具合だ。

 どこの学校が何人とかはふたを開けてみないと分からないが、倍率が上がる要素はないけれど、下がる要素は少ないながらあるということだ。

 変な期待持たせないでくれ?

 それもそうだ。
 でも、昨日までは上がるかな、下がるかなと気をもんでいたわけだから、それに比べりゃましだと思うが、たしかにもう確定したんだから、つべこべ言っても始まらない。倍率のことは頭から消そう。

直前にながめる「10分間用ノート」を作る

 昨夜はリアル梅野塾の最終講義。
 テーマは、あと6日間の過ごし方と、試験当日の時間の使い方。
 この2つはつながっている。

 試験当日、各教科間にある休み時間と昼休みをどう使うか。
 各教科間の休み時間は20分ある。普段より長い。ただ、答案の回収と次の時間の問題配布があるから実質10分程度だろう。トイレに行くかもしれない。

 この10分を、前の時間の振り返りに使ってはいけない。
 近くに友達がいると、あれはどうだったとか、これはどうしたとか、ついつい終わった教科の話題になりがちだ。気持ちは分かるが、そういうのは全てが終わってからで十分だ。
 
 戦いはまだ継続中なのだ。前の教科のことは忘れ、次の教科に頭を切り替えなければならない。
 そこで私が提案しているのが、10分間用ノート。
 前の教科のことは忘れ、次の教科に切り替えるには、何か道具が必要だ。直前に何かをやったからといって、それで一気に点数が上がるというものではないが、心を落ち着かせるという心理面での効果は期待できる。

 前の教科が終わったら、すぐに10分間用ノートを開き、それを見る。読むと言うよりながめる感じだ。それで十分。
 そこから同じ問題が出ることを期待してはいけない。前の教科のことは忘れ、国語から数学へ、数学から社会へと頭を切り替えるのが目的だ。

 10分間用ノートは5教科を1冊にまとめる。文字の大きさや内容にもよるが、各教科5ページから10ページ程度だ。あまり多いと読み切れない。

 残りの6日間は、最後にながめる10分間用ノートの作成にあて、当日はこの1冊だけを持って行く。
 その場で覚えるためのものではないから、覚えていないことは書くな。できもしない難しいことを書いて、直前の自分を不安にしてどうする。

 これは、当日直前の自分に向けた手紙だ。メッセージだ。
 「〇〇(自分の名前)、三単現のSを忘れるなよ」って、そんな感じ。

 ここ数日、同じことを書いているが、もう実力をつけるとか伸ばすという時期はとっくに終わっているのだ。
 どうやったら、いま持っている力を100%出せるか。それだけを考えればいい。

「頒布」はなんて読むか分かるかな

 学校の先生を表す言葉はいろいろある。
 教員と言ったり、教師と言ったり、ムカつくときは「先公の野郎ふざけやがって」。
 一般の人が使う機会はないが、先生たちは自らの名刺に「〇〇中学校教諭」と刷り込むのが普通だ。大学の先生が「教授」と名乗るのと一緒。
 つまり、「教諭」(きょうゆ)は、先生の職業上の正式名称ってところだ。

 「教諭」の「諭」の字を「論」と間違える人がいる。そういう人が、「福沢諭吉」と書こうとすると、「福沢論吉(ろんきち)」となってしまい、何か偉そうじゃなくなってしまう。

 「諭(ゆ)」は音読みで、訓読みでは「諭す(さとす)」となる。「教諭」は「教え諭す人」である。
 で、その「諭す(さとす)」の読みが、先だって行われた神奈川県公立入試国語の問題で出された。
 って、ここに持って来るまでの前フリが長いねえ。

 漢字の読み書きの問題は、ときどき複数の県で同じ年に同じ問題が出されることがある。2年前の入試では、「委ねる(ゆだねる)」の読み書きが、神奈川・千葉・埼玉と3連発で出たことがあった。日程的に一番遅いのが埼玉だから、神奈川・千葉の問題を事前にやっておいた埼玉の受験生はちょっと得をした。

 神奈川では他に、「頒布」が出た。答えは「はんぷ」。意味は、広く配るということだ。
 これは大人でも読めない人がいる。「布」の方は、「分布図」の「布(ぷ)」だからいいが、「頒(はん)」の方は、「ふん」と読んでしまうかもしれない。
 ついでに、布という字には、広めるという意味もある。だから「キリスト教の布教」などと言う。

 「寡占(かせん)」も出た。
 これも読めない大人がいる。ちゃんと中学校でやっておかないと大人になって恥ずかしいぞ。
 「寡占」は、少数の企業が市場を支配する状態として、公民の教科書にのっている。
 「寡」は少ないという意味なので、口数の少ない人のことを「あの人は寡黙(かもく)だ」などと言う。私のことだ。

 最後の一つは、「貢献」。これはみんな出来ただろう。

 「貢献」、「寡占」、「頒布」、「諭す」。
 埼玉でも出るといいね。

プロフィール

梅野弘之

Author:梅野弘之
受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
当ブログを訪問された方
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード