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突然「沈香も炊かず屁もひらず」って言葉を思い出した

 ふと思い出した言葉。
 「沈香も炊かず屁もひらず」。
 読み方は「じんこうもたかずへもひらず」。

 沈香(香木)のような良い香りもないが、屁のような悪臭もない。つまり、特別に悪いこともしなければ、良いことをするわけでもなく、無害で平凡なことのたとえである。

 よく他人を表するとき、「いい人」とか「真面目」を使う。
 「〇〇さんって、どんな人ですか」
 「うん、真面目ないい人だよ」
 なかなか便利な表現だ。
 でも、その人がどんな人か何も説明していない。というか、つまんない人間とか、無能だとか言っているようにも聞こえる。

 その一方。
 「いや~、仕事がめっちゃ早くて決断力もあるんだけど、酒癖・女癖が悪くてね」
 こっちの方が説明になっている。

 仕事の能力があるが、私生活には問題がある人。
 仕事の能力はないが、私生活には問題のない人。
 さあ、どっちをとるか。

 仕事の能力があって、私生活にも問題がない人がいいに決まっているが、そんなに大勢いるわけじゃない。
 どっちか選べと言われたら、仕事の能力はあるが、私生活には問題のある人の方かな。
 問題の程度にもよるが、そっちは直せる可能性がある。ことによったらある日スパッとやめることだってできる。でも、能力の方は、それを身に付けたり伸ばしたりするのに長い年月と努力を要する。
 だから、私の場合は、沈香をとって屁のほうは大目に見る。

 誤解のないように言っておくが、悪事に目をつぶるなどとは言っていない。悪事にその能力を使われたらとんでもないことになる。
 大事なのは、その能力を世のため人のために使っているかどうかだ。自分のためじゃなく他人のために使っているかどうかだ。そうであれば、屁の一発ぐらい許してやろう。

年をとると新語・流行語を使わなくなるものだ

 今年もユーキャン新語・流行語大賞が発表された。
 年間大賞に選ばれたのは「忖度」と「インスタ映え」。まともじゃないか。
 だが、「忖度」はともかく、「インスタ映え」は、われわれ年寄りは使わんな。

 珈琲店で。
 私「コーヒーとスフレパンケーキ、一応写真撮っとくかな。でも、いまいちインスタ映えせんよな」
 友人「インスタントより旨いだろう」
 私「いや、そういう話じゃなくて…」
 と、こんなかみ合わない会話になる。

 今回、新語・流行語とされた言葉を、このブログでどれだけ使ったかを調べてみた。
 まず年間大賞の「忖度」。
 3件見つかった。
 「インスタ」は2件ほどヒットしたが、「インスタ映え」は0件。

 トップテンに選ばれた言葉では、「プレミアムフライデー」が4件、「〇〇ファースト」が1件。「プレミアムフライデー」には、よほど恨みつらみがあるようだ。
 それ以外の「35億」「Jアラート」「ひふみん」「フェイクニュース」「Jアラート」「睡眠負債」については、知らない言葉はなかったが、ブログでの使用は0件。

 候補に上がった言葉では、「うんこ漢字ドリル」「働き方改革」「アウフヘーベン」が使用されていた。さすがにこのレベルには、聞かれても説明不能な言葉も多かった。

 このブログは、毎日書いているとはいえ、教育や受験がメインテーマなので、まあこんなものかと思う。

 教員だった若いころだったら、世の中で話題になった言葉は、日々の授業などでほとんど使ったと思う。年をとると同じ話ばかりすると言われるが、使う言葉が増えないんだからそうなるだろう。
 逆に言えば、新しい言葉をどんどん取り入れれば、若い人から同じ話ばかりと言われないかもしれない。ただし、これも注意しないと、無理してるとか痛すぎるとか言われるそうだ。

「死ね」が溢れる世の中で、「命の大切さ」を教えろってか

 ふざけんなよ。
 そう思うのは、「死ね」の濫用のことだ。

 「保育園落ちた、日本死ね」。こんなのを国会で声高に叫ぶ議員がいた。流行語大賞の候補にも選ばれた。
 つい最近は、日本維新の会・足立康史議員が「朝日新聞、死ね」とやった。(後日、足立議員は「万死に値する」と訂正したようである)
 「安倍に言いたい。 お前は人間じゃない! たたき斬ってやる!」(山口二郎氏)なんていうのもあった。

 保育園の件にしろ、朝日新聞の件にしろ、言いたいことは分かる。主義主張に同調するかどうかは別として、それぞれに背景や経緯があることは理解できるということだ。
 しかし、言うに事欠いて、いい大人達が「死ね」とは何事だ。

 子供たちは、確実に真似するぞ。いや、もうとっくに真似している。

 で、何だって? 学校で「命の大切さ」を教えろだと。
 大人同士が、「オマエは死ね」、「そっちこそ死ね」と罵り合っていて、子供には、「滅多なことで、『死ね』なんて言葉を使ってはダメよ」と教えろっていうのか。冗談言っちゃいけないよ。オマエラが先に改めろって話だ。

 教養ある大人たちなら、「死ね」だの「殺す」だの用いずとも、いくらでも表現を持っているだろう。
 子供たちが言葉として「死ね」、「殺せ」を使ったからといって、ただちにそれを実行に移すというものではないが、日常的に軽々と使わせていいとは思わない。

 論戦結構。批判結構。
 でも、言葉は選べよ。
 「オマエもな」
 そう、私もだ。

物議を醸す発言はこれで結構難しい

 「物議を醸す」(ぶつぎをかもす)。
 世間の議論を引き起こすというような意味だが、政治家の場合などは、ついうっかりの失言で本人意図しないところで物議を醸してしまったりする。
 一方、意図的にこれを行う人もいる。

 たとえばホリエモンこと堀江貴文氏などがこの種の人で、つい最近も、保育士の給料がなぜ低いのかという問いに、「誰にでも出来る仕事だからです」と、思い切ったコメントをした。
 まあ、私のような無名の人が同じことを言っても無視されるだけだが、さすが堀江さんほどの著名人になると、世間は放っておかない。ネット上では、さっそく賛否入り乱れての論戦が始まった。

 ただ世間と違うことを言うだけではダメ。
 極論を言えばいいかというとこれもダメ。
 物議を醸す発言というのは、これで結構難しいのである。

  いくらなんでもその言い方はないだろうとか、それは変だろうという反対派ばかりだとバッシングされて終わり。
 物議を醸すには、一方に、「言い方は何だが、たしかにそれも一理あるよな」という賛成派が登場しなければならない。

 問題提起能力。 
 そういう言葉があるのかどうか分からんが、意図して議論を引き起こそうとする人には、こうした能力が求められる。
 また、これまでの議論が膠着状態にあるときに、まったく違った切り口や視点を提示する力も求められる。

 というわけで、意図して「物議を醸すというのは、私ごときには大変困難なことであるが、ただ正論を述べるにとどまらず、問題解決の糸口になるような新たな切り口を提示したいものである。

また会えるからこその「一期一会」

 「一期一会」(いちごいちえ)という言葉がある。

 元々は茶道から来た言葉だそうだ。
 「茶会に参加する時には、その機会は何度も繰り返されることのない一生一度の出会いと考えて、ホスト(亭主)もゲスト(客)も、共に誠意を尽くしましょう」
 こんな意味。

 これはネタではなく、今までに一人だけマジで「いっきいっかい」と読む人に出会った。その人には以来会っていないので、文字通り「一期一会」の出会いであった。

 ふだん、「じゃあ、また」と言って別れるが、年を取ると、その「また」が二度と訪れない可能性がある。年寄り同士だとなおさらだ。
 あと10年生きるとして、年に一度しか会わない人とはあと10回、2年に一度の人とはあと5回。と、こんな計算が成り立つ。
 だから、人と会うたびに、これが最初で最後かもしれないと自然に思えるようになってくる。
 出会いに感謝する気持ちも生まれてくる。

 その点、若い人たちは、その気になれば何回だって会える。
 が、だからこそ「一期一会」なのである。一瞬一瞬が「一期一会」なのである。

 この人との出会いは1回だけかもしれないから、その瞬間を大事にしましょう。そういう解釈もありだが、むしろ本来の「一期一会」は、毎日会っている人との関係を言っているように思う。

 明日があるかもしれないが、今日のこの出会いはただ1回である。明日のあなたとの出会いはまた別の出会いである。
 そんなことを年中考えると疲れるが、時々ちょこっと考えてみると、人間関係がまた違ったものになるかもしれない。

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梅野弘之

Author:梅野弘之
受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

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