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放課後訪問で埼玉栄のもう一つの顔が見えた

 20181010埼玉栄「勉強会」

 「よみうり進学メディア11月号」の取材で埼玉栄高校に行ってきた。
 先々月は部活特集だったが今回は進学実績の特集。埼玉栄も部活ではなく進学実績で取り上げられる学校になってきたということだ。

 というような話をすると、文武両道って言ったって部活で頑張ってる子と勉強で頑張ってる子は別でしょうと突っ込んでくるやつが必ずいる。
 かもしれない。いや、たぶんそうだろう。
 で、それのどこがいけないの?

 私なんぞ部活で全国大会も出られなかったし、難関大学にも一流企業にも入れなかったから、どっちか一方でも極められたら立派なものだと思うけどね。

 埼玉栄は2018年度大学入試において東北大・名古屋大など旧帝大を含め42人の国公立合格者を出した。今春の卒業生が普通科・保健体育科合わせて871人という大規模校だから、自他共に認める進学校になるには、今の倍ぐらいの国公立合格者を出さないといけないと思うが、一歩一歩確実に階段を昇ってきていると言えるだろう。

 放課後の時間帯の訪問だったので授業を見ることはできなかったので、自習室での勉強風景を見学させてもらった。
 「勉強会」という名のグループがあって、放課後、専用の自習室で4時間ほど勉強する。メンバーは固定されており座席も指定制だ。「勉強部」とか「勉強同好会」といった感じかな。終わりの時間になると先生がやって来て「終礼」(帰りのショートホームルームだね)を行う。
 中に入って写真を撮らせてもらったが、シャッター音が教室中に響いてしまうような静けさ。

 かと思うと、食堂では友達同士仲良く勉強しているグループが何十組と見られる。朝昼晩(夜は8時まで)やっている食堂は、勉強スペースも兼ねているようだ。部活を終えてからここで腹ごしらえし、講座に出たり自習に励んだりする生徒もいるようだ。
 グランドや体育館がにぎやかなのは当然として、普通教室でも図書館でも進路指導室でも生徒の活動は止まらない。

 ちょっと前に「早朝の学校訪問はいろいろ勉強になる」という記事を書いたが、放課後も勉強になるね。埼玉栄のもう一つの顔を見せてもらったよ。
 校舎も新しいし、設備も整っているし、コンビニもあるし、駅もすぐそこで帰りの心配もないし、居心地がいいってことなのかな。

「勉強しなさい」を仕掛けで解決する

 昨日のブログで、「(課題は)言葉や精神論ではなく、制度・仕組み・仕掛けで解決しましょう」と書いたわけである。
 が、私は言葉の力を信じないわけではない。
 言葉の力を信じなければ、新聞に原稿を書くことも出来ないし、講演や研修で話すこともできないし、このブログだって書くことができない。

 たとえば「勉強しなさい」あるいはその言い換えは、一定の効力はあるだろう。だから、これらも並行して使いながら、制度・仕組み・仕掛けを工夫して、子供たちを勉強に向かわせようではないかということだ。

 「酒を飲んで車を運転しないようにしましょう」。
 言葉で言ってもあまり効果がなかったので、法律を変えて罰則を厳しくした。酒を飲ませた店や一緒に飲んだ連中も同罪だぞ。免許は即座に取り上げるぞ。これは効果があった。制度を変えたってことかな。
 呼気にアルコールを検知するとエンジンが始動しない車も開発されているようだ。啓蒙活動でもない、法改正でもない、仕掛けによる解決を目指すものと言っていいだろう。

 以前、講演に行った某塾では、壁にこんな掲示が。
 20181009焼肉

 食い物で釣るのかなどと堅いことは言いっこなしだ。
 今どきの生徒が焼肉目当てに勉強なんかするものか。
 全員で目標クリアして焼肉食いに行こうぜ。頑張ったらご褒美やるぜ。これも一種の仕掛けかな。ゲーム感覚を取り入れてるってことだろう。
 焼肉の次は回転ずしにしてもらおうか。

 自習室や自習コーナーを作るなんていうのも仕掛けと言っていいだろう。「やりたい人はどうぞ」の方が、「自学自習しろ」よりも効果があるかもしれない。

 親がくだらんテレビ番組見てバカ笑いしてるようじゃ、どんな言葉も効果はないぞ。どころか逆効果だ。反面教師にしてくれればいいがな。
 
 言葉だけで「勉強しなさい」なんて言ってるうちはプロとは言えない。
 ご褒美作戦。ゲーム感覚。
 不謹慎だ、邪道だという批判を恐れず、いろいろな仕掛け試みていただきたい。要は、子供が勉強に向き合うようになってくれればいいわけだよ。

危機感を煽っても、ろくな結果が出ない

 「職員(先生方)に、危機感がないんですよ」
 そいつは愚痴かい、それとも相談してる?

 どっちにしたって、私には管理職(校長や教頭)の経験はないから、お気の毒にとか、めげずに頑張ってね、と言うしかない。

 校長や教頭は危機感がバネになるのかもしれないが、普通の先生にとって危機感はやる気の原動力にならない。そう考えたほうがいいのではないか。
 これは塾でも同じ。社員や講師の先生が塾の現状に危機感持ったら、辞めるだけでしょう。
 
 子供たちも一緒。「このままじゃ落ちるぞ!」で頑張れる子もいるが、「じゃあ志望校下げるわ」で終わってしまう子の方が多そうだ。

 ということで、部下や生徒に危機感を煽ることによって、やる気を引き出そうという考えをいったん捨てましょう。いや、永久に捨てる必要はないですよ。時々ドカーンとショックを与えるのが有効な場合もたぶんあるから。一つの手段として保有しておきましょう。

 危機感というのは、今のままでは危ないぞという不安なのだが、このまま行ったらどういう結果が待っているかを想像できなければそもそも危機感など持てない。だから、そのことをイメージしやすいように話してきかせるが、所詮は空想の世界だ。
 やはりある程度の知識と経験を持っていないとリアルに想像することはできないので、一般社員や一般教員や子供には効き目はない。

 もちろん、命令してないのに本人が「このままではまずい」と思っちゃうのはいいですよ。というか、真の危機感ってそれだから。

 どうやって危機感を持たせるかを考える暇があったら、仕事や勉強に対し、真剣に、前向きに、かつ楽しく向き合えるような制度や仕組みや仕掛けを考えたほうがいい。
 「真剣に」や「前向きに」は分かるが、危機を目の前にして「楽しく」はないでしょうとなりそうだが、そういう状況だからこそ「楽しく」、もしかしたら「面白く」が重要なんじゃないですか。要は良い方向に結果が出ればいわけだから。

 言葉や精神論ではなく、制度・仕組み・仕掛けで解決しましょう。私に愚痴だか相談だかしている皆さん、今度会ったらそういう話をしましょうね。

異才を発掘するなら個人塾とアピールしてみる

 20181007入試ファースト越谷

 「お宝は個人塾に眠る」。 
 これは、私立高校の募集担当の先生に向けたアピール。

 今日はNPO埼玉教育ネットが主催する公私合同説明会「入試ファースト」(於:越谷サンシティ)が行われた。
 NPO埼玉教育ネットは、主に県東部の個人塾塾長らが中心となって立ち上げた組織で、私も名ばかりだが役員の末端に名を連ねているので、応援するわけである。

 いわゆる大手塾の情報収集力、分析力、指導力については、私も一緒に仕事をさせてもらっているのでよく分かっている。塾生数も多いから、私立高校としてはしっかりパイプをつないでおきたいところだ。

 一方、個人塾。
 だいたいは1教室で、3年生も10人とか20人という小規模塾が多い。私立高校側から見た場合、この程度の人数だと毎年受験生を送り込んでくれる保証はなく、募集活動の上では、いわゆるコストパフォーマンスがまことによろしくないわけである。
 私立高校側の募集戦略がどうしたって大手塾中心になるのは止むを得ないところだ。

 しかし私は、個人塾を応援する立場でもあるから、私立高校にもぜひ個人塾に目を向けてもらいたい。
 そこで考えたのが冒頭のキャッチフレーズだ。
 
 「お宝」とは非常に優秀な生徒、または異才である。受験生を「お宝」とは不謹慎かもしれないが、内輪の話だから許してもらおう。

 NPO埼玉教育ネットに属し、今日のイベントでも大いに汗をかいてくれた塾長に、試しに「塾の卒業生から東大合格者を出したことのある人は?」と尋ねてみよう。これが結構な数でいるのである。

 県内公私立高校からの東大合格者は毎年100人程度である。かれらに中学時代の塾はと尋ねてみれば、当然ながら数としては大手塾に通っていた者が多いわけだが、 大手塾の規模は個人塾の数十倍、もしかしたら数百倍である。
 一生塾を続けても、出身者から東大合格者が出る可能性はきわめて低いはずだが、結構な数でいる。
 だから「お宝は個人塾に眠る」なのだ。

 高校の募集担当者の皆さん。異才を発掘したかったら、個人塾にも目を向けてくださいね。というお願いである。

授業中に飴なめるのはダメだからな

 20181006のど飴

 この野郎、授業中に飴なめてんじゃないよ。
 「でも、喉が痛いんで…」
 こっちはお前らの出来の悪さに頭が痛いけどな。

 「熊本の市会議員が議会でのど飴なめてました」
 ああ、あの議会をなめてる議員な。だから注意されたろう。

 「イギリスのメイ首相も議会で飴もらってなめてました」
 だからさ、ああいうのはイギリス流のジョークなんだよ。せきが止まらないと見るや、サッとのど飴わたすのがオシャレで、それを拒まないで気の利いた一言を言うのがこれまたオシャレっていう考えの国なんだ。一緒にするんじゃない。

 とにかく、のど飴は禁止だ。果汁グミもハイチュウもだ。
 
 「でも、なんでですか? いまいち納得できません」
 簡単な話だ。お行儀が悪いからだよ。小さいころ、親に言われなかったか。
 靴を脱いだら揃えましょうとか、ご飯は残さず食べましょうとか、人に会ったら挨拶しましょうとか。

 「礼儀と同じことですか?」
 ほとんどイコールだが、行儀には「行」が入ってるから、行動や立ち居振る舞いを主に言ってるんだろう。行儀が悪いってことは礼儀にもかなってないということだ。

 「それって、誰が決めるんですか?」
 小学生みたいなこと言ってるんじゃないよ。誰も決めてねえよ。昔からそう決まってるんだよ。
 いいか、世の中ってものは法律や規則だけで動いてんじゃないんだよ。そんなものはごく一部だし、しかも最近決まったものなんだよ。まあ最近って言っても100年か200年前だけどな。
 誰が決めたか知らないが、どこにも書いてないが、みんなが守るべきことってものがあるんだよ。

 さて、飴もなめ終わったろう。授業続けるぞ。
 鉄血宰相と言われたビスマルクは、社会主義鎮圧法を制定する一方で、社会保険制度を作った。で、これを「アメとムチの政策」と呼ぶ。覚えとけよ。

台風24号の強風で金属板の直撃を受けた件、車だけど

 20181005台風被害

 ついてない? いや、ついてる?

 先日の台風24号である。
 あの強風でどこからか看板のようなもの(金属製)が飛んできて会社の駐車場に置いてあった車を直撃した(と思われる)。
 被害額約70万円(ディーラー査定による)。ボンネット丸ごと替えろってことか。
 保険で払うしかない。
 ここまでは、ついてない。

 自分及びその他の人間直撃でなくて良かった。まあ、深夜、あの強風の中、出歩く人はいないが、とにかく人に当たらなくて良かった。

 実は9月中に車を入れ替える予定だったが、納車が遅れていた。予定通り納車されていれば、新車が被害を受けたことになり、これはショックが大きかっただろう。もう手放すことが決まっていた車だから、まあいいか。
 ということで、ついてる。
 と思うことにしよう。

 強風で物が飛んでくるとか、落ちてくるってことが実際にあるんだ。
 飛んできた金属板に「お前、この重さでよく空飛んできたな」と言ってやった。子どもじゃ持てない大きさと重さだからね。
 20181005飛んできた金属板

 今回の一件で、ふだん、もっともらしく生徒の安全第一なんてことを書いたり、言ったりしているが、どこか他人事だった自分を反省した次第である。

教員の意識改革求めるなら、校長自身が変わらないと

 当ブログの読者には公立の管理職の方もいる模様である。
 今日は、主としてその方たちを想定して書きますよ。

 皆さんからよく聞く言葉。
 「教員の意識改革が必要だ」。
 私はそれを聞いて心の中で言っている。
 「お前もな」。

 自分の意識だってそう簡単には変えられないのに、他人の意識が変えられるか。
 「無理に決まってんだろう」。
 ただ、自分の意識を変えれば、他人が今までとは違って見えるかもしれない。
 「あいつ、ああ見えて結構考えてるんだ」。

 意識なんて心の中の問題なんだから、自分で変えようと思えば変えられるんじゃないか。
 「いや、意思では変えられませんよ」。

 たとえば、生きるか死ぬかの体験をしたら変わるかもしれない。大病を患ったら変わるかもしれない。ただ、そんなことは滅多にないし、あってほしくない。

 よく立場が人を変えると言う。
 「あなたの今の意識は、立場がそうさせたんですよ。意識が変わったから校長・教頭になれたんじゃなく、校長・教頭になったから意識が変わったんじゃないですか?」。
 私は校長にも教頭にもなったことはないが、想像すればそういうことだ。

 問題を問題だと認識してないやつに問題だと気づかせてやるには、問題に直面させてやるしかないでしょう。そうすりゃ、よほどのバカじゃない限り気づくはず。バカじゃ教員になれないから、要するに誰でも気づくということ。

 実際にその仕事につけてやる。責任ある立場に置いてやる。意識改革には、そのような人事的な、あるいは組織論的なアプローチのほうが有効ではないかと考えるわけである。

 下向きのコップという話がある。
 あいつはダメだ。使いもんにならん。これが下向きのコップ状態。これじゃ、一滴の水も入ってこない。
 そこで、とりあえずコップを上向きにして待つ。そうすると、ジャバジャバというわけにはいかないが、チョロチョロぐらいには入ってくるかもしれない。
 あの野郎、意識が低い、問題意識がなさすぎと言う前に、管理職はコップを上向きにして待ったら、という話である。

日本人ノーベル賞受賞者の生年を調べた結果

 本庶佑先生、ノーベル賞受賞記念「日本人受賞者はいつ生まれたか調査」

 2018年のノーベル賞はまだ発表途中だが、過去26人の生まれ年を調べてみた。
 どんな時代に生まれ、どんな教育を受け育ってきたか。
 むろん、ノーベル賞受賞がすべてではないが。

 調査は医学・生理学、物理学、化学に絞った。
 文学賞(川端康成・大江健三郎)と平和賞(佐藤栄作)は除外。
 20181002日本人ノーベル賞受賞者生年

 明治生まれ 2人 ※湯川秀樹先生・朝永振一郎先生は故人
 大正生まれ 3人 ※福井謙一先生は故人
 昭和生まれ(戦前) 13人 ※1945年2月生まれの大隅良典先生は戦前に分類
 昭和生まれ(戦後) 5人

 昭和生まれ(戦前)が他を圧していますな。
 さらに細かく言えば、昭和1ケタが4人。昭和10年代が9人だが、今回受賞の本庶佑先生もここ。

 昭和20年代は、唯一の例外が29年生まれの中村修二先生で、他には一人も出ていない。
 昭和21年生まれは現在72歳、28年生まれは現在65歳だから、まだ可能性は残されているが、どうかな。
 この世代には、いわゆる「団塊の世代」が含まれている。昭和22年(1947)~24年(1947)生まれの人々。

 私もここに近いから分かるんだが、この世代、勉強してない。
 いや、できなかったと言ったほうがいいかな。
 戦後すぐで日本人みんな、食べるのがやっとだったからね。

 小中は学年10クラスなんて当たり前で、しかも1クラス50人以上。どうやって教室に入れたんだ。
 中卒で就職もいたし、高卒で就職はごく普通。大学進学率はせいぜい15~20%。その上、大学に入ったら入ったで、ゲバ棒振り回したり、火炎瓶ぶん投げて学生運動に没頭。まともに勉強なんてしてないのがこの世代だ。
 もう一回言うけど、私もほぼほぼこの世代だからね。
 今後、昭和20年代生まれから受賞者が出たら奇跡だね。たぶんないと思うけど。 

 というわけで、この世代すっ飛ばして昭和30年代後半生まれに行くわけ。
 今後は、豊かな時代に生まれ、恵まれた教育環境の下で育った昭和後半生まれの人に期待だね。

 ただ、ちょっと心配なのは、これまでの受賞者は、いま大変評判の良くない一斉型の、講義型の、知識注入型の教育を受けてきたわけだ。
 今風のアクティブラーニングとかグローバル教育とかを受けた世代が、はたして30年40年後にノーベル賞やそれに相当するような賞を受けられるだろうか。まあ、大丈夫と思うが、その結論はあの世から眺めることにしよう。
 

災害のときは「空振り三振」を恐れない対応が良

 「空振り三振」はいいが、「見逃し三振」はいけない。
 野球の話ではなく、災害時の会社や学校などの対応について言われていることだね。

 台風の接近や大雪の予報で、早めに中止・延期・休校など決めてしまったが、結果は「なんだ、できたじゃない。そこまでする必要なかった」。これが「空振り三振」。
 ぎりぎりまで様子を見て、決断のときを逸し、事故や混乱を招いてしまった。これは「見逃し三振」が招いた結果。

 最近は世の中が「空振り三振」を容認するようになってきたと思うが、どうだろう。
 29・30日の台風24号接近・上陸の際も、JR等が比較的早い段階で運休を決めた。計画運休と呼ぶらしい。

 昔は、最後の最後まで粘って運行させるのが交通機関の使命みたいに思われており、JRも私鉄もバスも、それに応えていたが、今回はあっさりと「危ないので、休みます」。
 
 われわれは日本列島に住むかぎり自然災害から逃れられない。
 地震は今のところ何日も前から予測することはできないが、台風とか大雨・大雪はかなりの精度で予測できる。
 自然災害が多いのに、死者やけが人がそれほど出ない国。そういう国を目指すには、治山治水といったハード面が重要なのは当然だが、考え方や行動の仕方といったソフト面を変えて行くことで被害を最小限に食い止めることができそうだ。

 そういう意味で、今回の計画運休は良かったと思う。
 今回はたまたま土日に重なったので、学校や会社も判断に迷う場面は少なかったと思われるが、平日でも電車が早めに「動かしません」と決めてくれれば、「じゃあ、休みにするか」と決めやすい。

 以前も書いたことだが、いかなる状況でも休めない人、休んでもらっては困る職業の人はいるわけで、そういう人のためにも休める人は休んで、余計な混乱を招かないようにしましょう。そういう常識をさらに育てて行きましょうということかな。

 学校や塾の先生方。
 「あの時、無理に来させていなければ」とか、「もうちょっと早めに帰しておけば」と一生後悔するよりも、「なんだよ、出来たじゃねえか」「心配し過ぎなんだよ」と罵られるほうが断然いいと思いませんか。

「友だち100人できるかな」って、無理無理

 菅野仁著「友だち幻想 人と人の〈つながり〉を考える」(ちくま新書)という本が売れている。

 9月に入ってNHK「おはよう日本」で紹介されたことが影響しているらしい。
 それ以前にも「世界一受けたい授業」でピースの又吉直樹さんが紹介したり、林修先生が「林先生が驚く初耳学」で紹介したりで、その影響もあるようだが、あいにく私はテレビをほとんど見ないので、知らなかった。

 というわけなので、近所の書店で売れ行き1位にランクされていたので読んでみた。
 最初、著者名を見て、「菅野完(すがの・たもつ)かよ、フン」と思ったが、よく見ると「菅野仁(かんの・ひとし)」という人だった。
 宮城教育大学で副学長を務められた社会学者。
 残念ながら2年前、50代の若さでお亡くなりになった。この本は10年前の著作だ。

 これは若い人向けに書かれた本だと思う。中学生でも十分行けるだろう。大学生や若いサラリーマンにもピッタリ合う。もしかしたら家族で読んだほうがいいかもしれない。もちろん、学校や塾の先生も。

 未読の方のために、あえて詳細には触れないが、著者はまず「友だち」をあまりにも重視する風潮に疑義を呈する。「みんな仲良く」なんて無理でしょうというわけだ。適度な距離感を持った人間関係が大事で、そのためには「他者」という(他人というのとは違う)存在を意識すべきだという。

 そうだ、そうだ。
 誰とでも分かりあえるなんて不可能だ。
 でも、学校や会社は「みんな仲良く」が前提になっているな。だから、人間関係に悩んじゃうんだ。

 学者が書いた本だけど、学術書・専門書というわけではない。若い人向けだが、私自身、日ごろ考えていることの整理になった。
 本の中に、人間関係に悩むわが子が登場する。執筆動機はそこかもしれない。結果としてわが子に贈る遺書みたいになってしまったが、私もできればこんな本を遺したいと思った。

 

プロフィール

梅野弘之

Author:梅野弘之
受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

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