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憲法守れても、国を守れないと意味がない

 立憲主義という言葉が頻繁に聞かれるようになったが、これは、民主主義と並んで、きわめて重要な政治原理なのである。
 まずここを確認しておこう。

 私の理解に間違いがなければ、立憲主義が中高生の教科書に載るようになったのは比較的最近のことで、教科書編集の元になる学習指導要領には、今も立憲主義の言葉はない。
 よって、学校で習った覚えがないという人がいても不思議ではなく、私も教えた記憶がない。

 ただ、歴史用語や政治用語として教えていなくても、別の言葉、たとえば「法の支配」というような言葉を用いて、考え方そのものは教えてきた。

 民主主義は、政治的意思を多数決によって決める。
 では、国民に選挙によって選ばれた者は、何でも多数決で決めていいかというと、そうではない。たとえば、「思想の自由」とか「表現の自由」などは、数の力でこれを制限してはならないのである。
 そこで、こうした普遍の原理を憲法という形で確定し、多数の横暴を防ごうとするのが立憲主義である。
 憲法は権力を縛るものであり、立憲主義は民主主義の弱点を補完するものである。

 というわけであるから、立憲主義を守れという主張は当然ながら間違ってはいない。

 だが、民主党(現・民進党)など野党や、一部マスコミが、集団的自衛権行使を容認する安保法制論議の中で、政権批判の道具として立憲主義を持ち出してきたことについては、それはちょっと違うのではないかと思うのである。

 立憲主義に反するから安保法制反対、集団的自衛権反対、安倍政権打倒。
 そういう議論でいいのか。

 以前にも言ったことだが、私が聞きたいのは、野党の皆さんが、どのような方法で、国家や国民を守ろうと考えているかである。「憲法は守れましたが、国民は守れませんでした」では困るのだ。

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受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

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