次は頂上からブログ更新してやるぞ
「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」
ご存知、夏目漱石『草枕』冒頭の一節。
まあ、こんなことを考えられるとしたら、漱石は無類の健脚か、さもなくば、よほどチョロイ山道なのであろう。
昨日は頂上に着いたら、そこからスマホでブログを更新してやろうと思っていたが、そのような心境にはなれなかった。とてもじゃないが、まとまった文章を考えられるような状態ではなかった。
50代の頃なら、なんでもなくやってのけたことが、できなくなっている。残念だが、これが老化というものである。
などと言いつつ、これでめげないのが、私の「体育会系体質」というやつである。よし、今度は、山登りしながらブログを更新してやろうじゃないか。まとまった文章を書いてやろうじゃないか。
今日は、コンディションが完全じゃなかったのだ。なにせ腰痛でリハビリに通っているんだからな。全然走れてないし、そのせいなんだ。ちゃんとトレーニングできてりゃなんてことないさ。と、どこまでも負けを認めない往生際の悪さ。
おっと、ここで不用意に使ってしまった「往生際」だが、「往生(おうじょう)」は仏教では死ぬことではないか。「往生際」は「死の間際」だ。死に近づいていることを自ら認めちゃってるじゃないか。これはいかん。どこまでも負けをみとめないあきらめの悪さと訂正しておこう。
さあ、今日から筋トレだ。柔軟性も高めきゃいかん。
あっ、その前に明後日、胃の再検査だった。どうも近頃は、検査でいろいろ引っかかるんだよな。

鍋割山頂上で食った鍋焼きうどん1000円。このタイトルでブログを書くつもりだったのだが。

登山者は、頂上の山荘で使う水を、麓から運ぶのが、この山のお約束。もちろんボランティア。苦労して運んでも、「そこ置いといて」って言われる程度。

季節よし、天候よし。頂上もなかなかの賑わい。

タイマーをセットして自撮り。
ご存知、夏目漱石『草枕』冒頭の一節。
まあ、こんなことを考えられるとしたら、漱石は無類の健脚か、さもなくば、よほどチョロイ山道なのであろう。
昨日は頂上に着いたら、そこからスマホでブログを更新してやろうと思っていたが、そのような心境にはなれなかった。とてもじゃないが、まとまった文章を考えられるような状態ではなかった。
50代の頃なら、なんでもなくやってのけたことが、できなくなっている。残念だが、これが老化というものである。
などと言いつつ、これでめげないのが、私の「体育会系体質」というやつである。よし、今度は、山登りしながらブログを更新してやろうじゃないか。まとまった文章を書いてやろうじゃないか。
今日は、コンディションが完全じゃなかったのだ。なにせ腰痛でリハビリに通っているんだからな。全然走れてないし、そのせいなんだ。ちゃんとトレーニングできてりゃなんてことないさ。と、どこまでも負けを認めない往生際の悪さ。
おっと、ここで不用意に使ってしまった「往生際」だが、「往生(おうじょう)」は仏教では死ぬことではないか。「往生際」は「死の間際」だ。死に近づいていることを自ら認めちゃってるじゃないか。これはいかん。どこまでも負けをみとめないあきらめの悪さと訂正しておこう。
さあ、今日から筋トレだ。柔軟性も高めきゃいかん。
あっ、その前に明後日、胃の再検査だった。どうも近頃は、検査でいろいろ引っかかるんだよな。

鍋割山頂上で食った鍋焼きうどん1000円。このタイトルでブログを書くつもりだったのだが。

登山者は、頂上の山荘で使う水を、麓から運ぶのが、この山のお約束。もちろんボランティア。苦労して運んでも、「そこ置いといて」って言われる程度。

季節よし、天候よし。頂上もなかなかの賑わい。

タイマーをセットして自撮り。