情報は生(なま)のままだと役立たない
肉も魚も野菜も、生のままで食えるものと、煮たり焼いたりしないと食えないものがある。
それって何の話?
情報のたとえに決まってるじゃないか。
生の情報をもらったって、そのままじゃ使えないものがある。加工しないと使えない。
より正確に言えば、分析し、解説してやらないと、その情報の持つ意味が分からない。それならまだいいが、間違った解釈をしてしまう危険性がある。
たとえば、最近発表された進路希望調査の結果だ。
倍率が2倍とか3倍という数字を見たら、普通はビックリする。
でも、この時期は、毎年同じような数字が出るんだ。つまり、「例年通りの結果が出ています」という解説になる。そして、少し詳しく分析してやれば、いま現在の倍率から最終倍率を予測することもできる。
これがプロの仕事っていうやつだ。受験生や保護者には、こういう芸当はできない。
昨日の話から続いているわけだが、入試情報は公開され等しく与えられているので、その点で情報不足を心配する必要はないが、それを正しく分析できなければ、結局は、情報を得ていないのと大差ないということになる。
私は、塾の出番はここにあると思うが、どうか。
なま物を、煮て焼いて盛り付けて、食えるようにしてあげる。食えなきゃ栄養にもならんわけだしな。
中学校でやってくれりゃいいが、残念だが大きな期待はできない。
ネット上にも、数多(あまた)流れているが、どこのどいつが言っているのか分からない情報分析じゃ、危なっかしい。
ここはやはり、顔の見える塾の先生に、責任ある分析を期待したい。
何十年も前の塾は、勉強を教えてあげれば済んだ。成績が上がれば感謝された。
だが今、世間が塾に求めるサービスはそれだけではなくなった。
学校だってそうだ。私が現役であったころと比べたら、そんなことまで学校(先生)がやらなきゃいかんのかよというほど要求が増えている。
よく塾の先生は、保護者や受験生と一緒になって、学校は何もやってくれないと批判しているが、今の学校の先生はそれどころじゃないんだよ。
だから、「そうですか。それはお困りですね。だったら私たちがお手伝いしますよ」と、文句なんぞ言わずに肩代わりすればいいんだよ。
以上が、昨日予告した「秘密兵器」の話である。
それって何の話?
情報のたとえに決まってるじゃないか。
生の情報をもらったって、そのままじゃ使えないものがある。加工しないと使えない。
より正確に言えば、分析し、解説してやらないと、その情報の持つ意味が分からない。それならまだいいが、間違った解釈をしてしまう危険性がある。
たとえば、最近発表された進路希望調査の結果だ。
倍率が2倍とか3倍という数字を見たら、普通はビックリする。
でも、この時期は、毎年同じような数字が出るんだ。つまり、「例年通りの結果が出ています」という解説になる。そして、少し詳しく分析してやれば、いま現在の倍率から最終倍率を予測することもできる。
これがプロの仕事っていうやつだ。受験生や保護者には、こういう芸当はできない。
昨日の話から続いているわけだが、入試情報は公開され等しく与えられているので、その点で情報不足を心配する必要はないが、それを正しく分析できなければ、結局は、情報を得ていないのと大差ないということになる。
私は、塾の出番はここにあると思うが、どうか。
なま物を、煮て焼いて盛り付けて、食えるようにしてあげる。食えなきゃ栄養にもならんわけだしな。
中学校でやってくれりゃいいが、残念だが大きな期待はできない。
ネット上にも、数多(あまた)流れているが、どこのどいつが言っているのか分からない情報分析じゃ、危なっかしい。
ここはやはり、顔の見える塾の先生に、責任ある分析を期待したい。
何十年も前の塾は、勉強を教えてあげれば済んだ。成績が上がれば感謝された。
だが今、世間が塾に求めるサービスはそれだけではなくなった。
学校だってそうだ。私が現役であったころと比べたら、そんなことまで学校(先生)がやらなきゃいかんのかよというほど要求が増えている。
よく塾の先生は、保護者や受験生と一緒になって、学校は何もやってくれないと批判しているが、今の学校の先生はそれどころじゃないんだよ。
だから、「そうですか。それはお困りですね。だったら私たちがお手伝いしますよ」と、文句なんぞ言わずに肩代わりすればいいんだよ。
以上が、昨日予告した「秘密兵器」の話である。