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私立の先生も公立の先生も目指す理想は同じだ

 昨日の続き。

 佐藤優氏は、本の中で次のように述べておられる。
 「東大合格者の出身校ランキングなどを見ると急に名前が登場したような高校がある。だが、こうした学校の多くは生徒の進学先を適性とは関係なしに振り分け、受験科目以外の勉強は捨てさせるようなシステムを採っている。時間をかけてでも、すべての科目を学ばせる、総合的な教養の礎=総合知を高校時代に築いておくことは重要だと考える。」(傍線部は梅野による)

 後半の部分、「総合知を高校時代に築いておくことは重要だ」はその通りだと思う。
 だが、「生徒の進学先を適性とは関係なしに振り分け」はどうだろう。
 たしかに、進学校として売り出そうと考えた私立学校が一時期それに近い指導をしていたのも事実だが、それで得られる成果は、私立大学現役合格までだ。今の上位私立高校は、ターゲットを国公立においているので、5教科7科目を万遍なく学ばせている。「受験科目以外の勉強は捨てさせるシステム」では、東大をはじめとする難関国公立は無理だからだ。

 私立学校には、生徒募集という、避けて通れない大きな課題がある。
 ここ10数年の間に結構な数の公立高校が事実上の廃校になったが、それによって職を失った先生がいるかというと、そんなことはない。給料が減った先生もいない。しかし、私立の場合、募集の成否は、先生たちの身分や給料に直結するのである。公立の生徒募集と、私立の生徒募集は似て非なるものだ。

 この生徒募集という視点を欠くと、私立学校の教育を見誤る恐れがある。
 私は公立の先生にも知り合いは大勢いるが、それと同じかそれ以上に私立の先生にも知り合いがいる。
 そこから得られた私なりの結論は、「結局、先生の生徒を思う気持ちは公立でも私立でも一緒なんだな」ということだ。
 あなたは、生徒をどのような人間に育てたいかと問えば、公立の先生も私立の先生も同じ答えを出すだろう。

 ただ、私立の先生は(管理職でなくとも)学校経営を、目の前の現実的な問題として突きつけられる。その中で、理想の教育をどう実現するかと葛藤を続けているのだ。生徒を受験マシーンに育てようなどと誰が考えるものか。

 これは佐藤優氏や杉山剛士先生への批判のために書いているのではない。私立学校に対する見方が、ちょっとステレオタイプかなと思う程度で、それ以外はほとんど同意だ。
 しかし、これを読んだ公立の先生が、ほらね、やっぱり公立の教育は素晴らしいんだなどと、調子に乗ってしまうかもしれないので、それでは進化を続ける私立にいずれ歯が立たなくなるぞと言いたいのである。

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受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

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