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富国強兵政策(読んでわかる歴史講座16)

 富国強兵(ふこくきょうへい)は、明治政府のとった政策を表わす言葉だ。
 富国は国を富ませるだから、経済力をつけること、強兵は兵を強くするだから、軍事力を強化するということである。

 この時代、欧米の国々によって、アジアやアフリカの国々は次々に植民地化されて行った。欧米に対抗できる強国に早くなることが、日本が植民地化からのがれるただ一つの方法だったのだ、

 政府は、日本を近代的な国家にするため、三つの改革を行った。
1.学制の公布
 1872年(明治5年)、政府は学制を公布し、6歳以上の男女すべて小学校教育を受けることをさだめた。これにより全国に2万以上の小学校が整備されたが、授業料などが地元の負担であったことや、農村部では子どもを労働力と考えていたこともあって、はじめは入学者はあまり多くなかった。しかし、身分に関係なく教育を受けられる新しい制度は次第に理解され普及していった。
2.徴兵令
 1873年(明治6年)、政府は徴兵令を出し、満20歳に達した男子は兵役(へいえき)の義務を負うことにした。国民皆兵(こくみんかいへい)を目指す制度だったが、各地で徴兵反対の一揆がおこったり、一家の後継ぎ(長男)は兵役を免除されるなど免除規定も多かったため、当初は思うように徴兵できなかった。
3.地租改正
 政府は、税の制度を整えて、国家の財政を安定させるため、地租改正(ちそかいせい)を行った。
その具体的内容は。
①土地の所有者と価格(地価)を定め、地券(ちけん)を発行する。
②課税の基準を収穫高から地価に変更する。
税率は3%とし、現金で納める。
 現在、税のことを税金とも言うが、それまで米で納めていた税を、現金で納めるようになったのは、この時からである。
 農民の負担は、江戸時代の年貢とあまり変わらなかったため、各地で地租改正反対の一揆がおこった。このため政府は、地価を当初の3%から、2.5%に引き下げることにした。

▼出題情報
 地租改正は、昨年(24年度)の埼玉公立入試で出題されている。

 地租改正は、日本の租税制度を整え、財政を安定させるために実施されました。次の資料1(省略)は、それにともなって交付された地券です。地券には、1877(明治10)年に、人々の負担に関して、制度の一部が変更されたことが示されています。資料2(省略)は、その部分をわかりやすくなおしたものです。地租改正が進められる中、どのようなできごとがおこったため、制度の一部がどのように変更されたかを資料2をみて、書きなさい(5点)

 資料2は省略したので実際の問題でみてほしい。ここには、「百分の三」とか「百分の二ヶ半」という数字が書かれている。よって、解答は、
「地租改正反対の一揆がおこったため、税率を3%から2.5%に引き下げた」というような形になる。

 学制については、一昨年(23年度)の埼玉公立入試で出ている。

 6歳以上の男女すべてが小学校教育を受けることを定めたため、全国各地に小学校がつくられましたが、はじめは小学校の就学率は低いものでした。小学校の就学率が低かった理由を書きなさい(3点)

 「授業料などが地元の負担であったため」「農村では子どもが労働力と考えられていたため」などが正答となるだろう。

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受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

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