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埼玉では、なぜ「確約」が広まったのか(1)

 引き続き「確約」の話である。

 今や平成生まれが学校や塾で教壇に立つ時代であるから、今日はちょっと昔話をしようと思う。

 平成4年(1992年)、当時の埼玉県教育長であった竹内克好氏が、「中学校における業者テストを廃止し、偏差値を使った進路指導をやめる」ようにとの指示を出した。
 これがきっかけとなり、翌平成5年(1993年)、旧文部省(鳩山邦夫文部大臣)が、全国に同趣旨の指示を出した。
 今日、「業者テスト追放」、「偏差値追放」などと呼ばれるのは、このことを指している。

 業者テストとは、言うまでもなく北辰テストのことである。当時、県内のほぼすべての中学校が、学校内で実施しており、進学指導の重要な資料として使われていた。

 竹内克好氏は教員出身ではなく、したがって、教育についてはほぼ素人同然であったので、業者テストを追放すれば、理想的な進路指導が行なわれると勘違いされたのだと思うが、はるか昔に引退された方なので、今さらの批判はやめておこう。

 さて、これによって、中学校は進路指導の重要な資料を失ってしまった。

 もしもこの時に、業者テストに代わるもの、たとえば全県一斉テストのようなものが実施されていれば、まったく異なる展開になったと思われるが、それはなかった。もっとも、偏差値とか順位とか点数、つまりテストの結果で進路を決めるのは良くないというのだから、代わりのテストなど行なわれるわけがない。

 北辰テストはしぶとかった。
 私立学校を試験会場とするテストとして再出発した。まあ、合否の判断材料が欲しいという受験生や保護者のニーズが現実にあったわけだから、そのような形になるだろう。
 テストは個人で申し込むこともできたが、塾からの申し込みが主流になった。中学校から追放されてしまったわけだからこれもそうなるだろう。

 それまでの塾は、進路指導に直接に関与する存在ではなかったが、合否の判断材料が、中学校にではなく、塾にフィードバックされるのであるから、次第に、関与の度合いを増していったのは当然の帰結と言うべきであろう。

 ところで、「業者テスト追放」、「偏差値追放」の陰で意外と知られていない事実があるので、今日は最後にその話をしておこう。

 平成9年、埼玉県中学校長会から、中学校教員による私立高校側との「事前相談」を禁止するという内容の通知が出された。
 それまでは、中学校教員が私立高校に出向いて、受験する予定の生徒の合否の可能性を事前に話し合っていたのだ。つまり、今でいう「確約」は、中学校の先生がもらってくるものだったと言えば分かりやすいだろう。

 しかし、これが禁止された。中学校校長会の通知であって、法律でも条令でもないのだが、強制力をもつものと解され、以後、中学校の先生が私立高校に足を踏み入れることがなくなった。その結果、中学校は、私立高校の情報も失うことになった。

 こうして、平成10年代以降、私立高校の情報は、受験生・保護者が説明会などに参加し、自ら集めるものという、現在の形が出来上がって行くのである。
 そして、資料もなく情報もなくなった中学校は、進路指導の場から撤退し、塾がそれらの機能を代替するようになったのである。

 明日に続く。

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受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

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