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差別用語を用いない差別的発言の方が問題だ

 NHK「クローズアップ現代」に出演した評論家の立花隆氏が放送禁止用語を発言し、国谷裕子キャスターが謝罪するという一幕があった。

 立花氏の問題の発言は、「カミオカンデ以前はニュートリノは見えなかった。見えないというのは、ないのと同じこと。世界中のすべての学者が●●●同然の状態にあった」というもの。
 ●●●はもちろん「めくら」である。

 さて。
 私も立花氏には遠く及ばないが、新聞に記事を書いたりテレビに出演したりする立場であるから、他人事ではない。

 「ニュートリノは見えなかった。見えないというのは、ないのと同じこと」と、ここで終わらせれば何の問題もなかったのだが、ここでさらに話を分かりやすくしようとして比ゆ的表現を用いた。
 視覚障害者を差別する意図はむろんなかったはずだが、立花氏ほどの高名な言論人であれば、山ほど表現を持っているわけで、そう考えるといささか不用意ではあった。

 差別用語を使わなければ差別がなくなるなどと思っている人はいないと思うが、当の本人が不快に感じるような言葉は使うべきではない。まずこれが前提。

 だが、「文盲」(字の読めない人)はダメ。「盲目的」もダメ。「盲愛」も「盲従」も、「盲」のつく言葉は全部ダメというのは、どうなんだろう。
 私自身、これらの言葉を積極的に使おうとは思わないが、そういう言葉さえ使わなければいいんだという考え方には疑問を感じずにはいられない。

 言葉は文脈の中で意味を持つ。一連の文章の中の単語だけを取り上げて、その発言者を差別主義者と断ずるとしたら行きすぎだろう。そういうのを「言葉狩り」という。
 一つも差別用語とされる単語を用いていなくても、発言全体は差別的内容になっていることだってあるわけだから、むしろ、そっちを厳しく追及しなければならない。

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受験生・保護者の皆さん、学校や塾の先生方に最新情報をお届けします。ただし、結構頻繁に受験と無関係の話も。

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