命がかかっていることは、激安でなくてもいいではないか
ふだんテレビでは、激安店だの激安ツアーだのを、ずいぶんと持ち上げていなかったかな。
あまりテレビは見ない私でも結構目にしているから、年中やっているんだろう。
だが、ひとたび事故が起きると、激安の問題点を次々にあぶり出し、これでもかと非難するんだね。実に変わり身が早い。
激安を実現するためには、原材料費を削るとか、燃料代を節約するとか、流通費を浮かすとか、何かをしなければならないわけだ。
きれいな言葉で表現すれば、企業努力というやつだ。
中でも切り札になるのが、人件費の削減だ。
人を減らすか、給料を減らす。
だから、われわれは、激安の裏では、人件費の削減が行なわれていると疑ってかからなければならない。もちろん、そうではない場合もあるだろうから、そこは慎重でなければならないが、大方は人件費の削減だ。
格安、激安、爆安、極安。
「安」という字は魅力的ではあるが、考えてみれば「安」という字は、「安価・安値」の「安」であると同時に、「安心・安全」の「安」でもあるのだ。
だから、目の前の格安や激安が、「安心・安全」を犠牲にしたものであるかどうかを見極めなければならない。そうしようと努めなければならない。
激安スマホくらいなら、故障が多いとか、つながらないとかいうレベルで、それによって命を落とすことは、ほとんど考えられない
が、飛行機とか鉄道とかバスとかタクシーなど交通手段は、命がかかっている。
テレビは、過剰に激安を持ち上げるのはやめにしたほうがいい。
消費者の方も、安易に激安という言葉に踊らされないように、少し考え方を改めたほうがいい。
私は、軽井沢でのスキーツアーバス事故で犠牲になった若者たちを責めているのではない。かれらは、どこからどう見ても犠牲者である。
当該の旅行社やバス会社だけでなく、行政(国や県)や業界の責任も重い。
しかし、それだけでは済まない。
命がかかっていることは、激安でなくてもいいではないか。
そういう考え方を世の中の常識にして行くべきだったのだ。
前途ある若者たちの死を前に、なぜか申し訳ない気持ちでいっぱいである。
あまりテレビは見ない私でも結構目にしているから、年中やっているんだろう。
だが、ひとたび事故が起きると、激安の問題点を次々にあぶり出し、これでもかと非難するんだね。実に変わり身が早い。
激安を実現するためには、原材料費を削るとか、燃料代を節約するとか、流通費を浮かすとか、何かをしなければならないわけだ。
きれいな言葉で表現すれば、企業努力というやつだ。
中でも切り札になるのが、人件費の削減だ。
人を減らすか、給料を減らす。
だから、われわれは、激安の裏では、人件費の削減が行なわれていると疑ってかからなければならない。もちろん、そうではない場合もあるだろうから、そこは慎重でなければならないが、大方は人件費の削減だ。
格安、激安、爆安、極安。
「安」という字は魅力的ではあるが、考えてみれば「安」という字は、「安価・安値」の「安」であると同時に、「安心・安全」の「安」でもあるのだ。
だから、目の前の格安や激安が、「安心・安全」を犠牲にしたものであるかどうかを見極めなければならない。そうしようと努めなければならない。
激安スマホくらいなら、故障が多いとか、つながらないとかいうレベルで、それによって命を落とすことは、ほとんど考えられない
が、飛行機とか鉄道とかバスとかタクシーなど交通手段は、命がかかっている。
テレビは、過剰に激安を持ち上げるのはやめにしたほうがいい。
消費者の方も、安易に激安という言葉に踊らされないように、少し考え方を改めたほうがいい。
私は、軽井沢でのスキーツアーバス事故で犠牲になった若者たちを責めているのではない。かれらは、どこからどう見ても犠牲者である。
当該の旅行社やバス会社だけでなく、行政(国や県)や業界の責任も重い。
しかし、それだけでは済まない。
命がかかっていることは、激安でなくてもいいではないか。
そういう考え方を世の中の常識にして行くべきだったのだ。
前途ある若者たちの死を前に、なぜか申し訳ない気持ちでいっぱいである。